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zoom RSS チェック魔の優鬱より〜完結

<<   作成日時 : 2010/06/06 07:17   >>

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チェック魔の優鬱
「ヒューマンエラーと気付き」スマナサーラ長老の法話より編集いたしました

※発展とは失敗を直すこと?
・人間の歴史は失敗の歴史でもあります
・失敗・勘違いをその都度直すことで「今の発展」があるのです
・社会の発展、科学の発展に失敗は欠かせない条件のようです
・では、失敗は大いに賛成するべきありがたい事でしょうか?


※失敗の失敗<政治の場合>
・しかし、失敗するとは損をすることです
・政治家が失敗すると、全国民が苦労します
・虐殺、戦争、人権侵害などの残酷なことに国民が
 遭遇しなくてはならない
・政治の失敗によって、偽かけの民主主義まで、
 社会が発展しているが、人類が払った代償は大過ぎではないでしょうか

・今も政治の失敗で人類が苦しんでいる

仏教の話を聞く時は国際的に考えてください。
そうでないと理性ある知識人とは言えません
だから今も人間は苦しんでいる
それはシステムの失敗なのです
そういう世界で我々は生きている

失敗というのは、大いに喜ぶべきことではありません

※失敗の失敗<科学の場合>
・科学の場合は失敗だけではなく、成功も人類に
 迷惑をかけてきたのです
・自然の破壊、新たな病、戦争の拡大などにも
 科学がおおいに貢献しているのです。
・人類の半分以上貧困に陥っているのに科学のために
 制限なく人類の財産を費やしているのです。
・全ての生命を幸福にしてあげる目的は科学者にはありません

ところが、一流の奇麗な水が豊富にある日本で
みんなペットボトルの水を飲んでいるんでしょう?
世界にこんな奇麗な水は無いんですけれど・・・

知らないんでしょうね・・・やられてるんだから
将来の策略家たちに・・・
こんなの断ってしまえばいいでしょうに・・・

それで地球の財産を無駄に使っている


<危険な失敗>
・医学と、医者の失敗はありがたくはない
・原子力発電所の失敗、飛行機操縦士の失敗、
 電車運転手の失敗なども危険です
・親の失敗も、教師の失敗もひとに末永く不幸を与える
 可能性があるのです。
・発展のために失敗を認めると「赤字」です

だから失敗がないと発展しない
どれだけ不幸になるか、破壊するかわからなくなるのです
だから発展を目指しても赤字ばっかりの世界なのです

払った代償からちょっとの利益を得るだけ


※ではどうするのか・・・
人は失敗をなくそうとする

・失敗のジレンマをしらないが、それだけは嫌なのです
・失敗をなくそうとする。
 失敗を減らそうとする
 そう言う人も玉にいるのです
・これが、又新たな問題を引き起こすのです
・新たなジレンマを作るのです


失敗をなくそうとすると
新たなジレンマを作るのです


※失敗をなくそうとする失敗
・失敗を完全なくす努力は、成長・発展を停止することです
・失敗をなくす注意で余計な負担がかかります
・結局は失敗をなくすことも、様々な失敗を引き起こすのです


ですから、色々な文明とか消えたでしょ?
我々は十分な状態になって安心すると
停滞して衰退して滅びるんです
毎日のように失敗していたならば繁栄も続いてたはずなのです
つづく・・・・ 


※失敗をなくすという失敗
・失敗を完全なくす努力は、成長・発展を停止することです
・この場合は、国であろう、社会であろう、働きが停止して
 衰退して消えるのです
・失敗をなくす注意で、経済的、時間的、精神的、能力という面で
 余計な負担がかかります
・結局は失敗をなくすことも、様々な失敗を引き起こすのです

※失敗をなくすという失敗
・失敗する人を批判、非難したりする
・他人の失敗を徹底的に非難しながら、
自分の失敗を徹底的に隠す
・社会はお互いに非難を投げ掛けあいをする
・他人の失敗をみとめないことで、争いが起こる
・失敗を怯える個人は精神的に落ち込む
・失敗をなくす努力も、様々な失敗を引き起す渦巻きになる結果なのです
  
生きることさえも、不可能にするのです
どんなひとも何か失敗をする
そうすると周りの鬼たちが、行きなり魔法をかけたように
立ち上がって攻撃してくるのです
そういう訳で個人が落ち込むのです
 
だからなんで社会が私たちの失敗を非難するのかというと
失敗をなくすつもりなんです
ひとりひとりが生きて居られない
それが失敗なのです 
 
★今まで話した結論を申し上げますと・・・
我輩は完璧であるという思考なのです
だから、平気で他人の事は批判できるのです

我輩は完璧である
エラーや失敗をなくす衝動は
「完璧主義」という邪見です

各個人がもっているのです。だから精神的な病気にもなるし
生かせてあげません

※何故不完全は嫌なの?
・「損する、危険」という立場では失敗は認めることはできません。
・しかし、何故、失敗したら、精神的に落ち込むのでしょう
・自分のこころが失敗を認めないからです
・何故 人は他人のことを厳しく批判するのでしょうか?
・自分は失敗しない完璧ものだからです。

「これだけ失敗しないでくれ」
なんで失敗したら精神的に落ち込むのでしょうか
ちょっと言葉間違っただけで?
神経質になってしまうのかというと不完全は嫌なのです

人間は自分のことをどれ程
高く評価しているのかと・・・・

自分がちょこっとでも失敗を認めません
他人の失敗は猛烈に攻撃する
人間としてダラシナイ、なんと品格のないことか。。


自分が完璧で無いと思うのなら
人のことは言えないでしょ

※「人は不完全」言ったのはだれ?
・完全であるはずの人間は自分の過ちで不完全になったのだという矛盾を一神教は語る
・世にあるのはこの教えなのです
・ですから、人は生きる上での完全を目指すことに挑戦している
・建前で、人は間違いを起すと言いながら、本音で認めたくはないのです
・「人は不完全だ」とは仏教の言葉ではありません

そういう考え方だから
人は「完全」に挑戦する
「美」に完全になろう、「健康」に完全になろう・・・
明らかに俗世間では完全を求めているのです
だから地球上の人々は一部の完成を目指す人の犠牲になって
貧困にあえいでいるのです
仏教の言葉からすると、人は不完全だとは言ってないのです

※全ては不完全です。無常です。<仏教の言葉です>
・全ては不完全だ、無常だと仏教は説く
・それなら、生きる上では、「完全」はあり得ないのです。
・その目的の努力は矛盾的な行為になるので、尚更問題を
 引き起こすのです。
・完全はあり得ないと知る人は「ベター」に挑戦するのです。
・ベストはないのです。

全ては不完全だから、ほっとおけ、気楽にいなさいよが仏教です
より良くなりましょう。それだっら具体的で理性なので
楽しく生きていられます

正義の味方はいるは・・世界を完全にするぞ!
神様はもうすぐくるんだ!とこの前新宿で言っていたんですけどね・・・(笑い)
ベストは無いんです
ベターになれば良いのです

※失敗の原因
・行為とは自分と他人の関わりなのです
・他人も2種類です。生きものと、物です。
・自然の流れはいくらか分かっているが、先を読めないことは
 あるのです
・生きものの場合は殆ど先を読めないのです。
・という条件の中での行為なのです。上手くいったり
 期待が外れたりです。

自分で成功したは・・・は、成り立たない
自分で失敗した・・・も、成り立たない

※失敗の原因
・又、行為をする側も生きものなので、自分であっても
 自分のことを殆ど読めないのです
・環境が良くても、自分が失敗する。自分がよくても
 環境のことで失敗するのです。
・ですから、成功するケースよりは、失敗するケースの
 方が確率は高いのです。
・無痴な人はこの現実を認めないので、更に苦労するのです。


ですから、ありうる事は「失敗」なのです
で、仏教は暗いと言われるのです。


※憂鬱は避けられる
・失敗を認めない人はいくらチェックして頑張っても、
 失敗の方が確率が高いので、落ち込むしか、悩むしか
 ありません
・仏教は高い確率の失敗が起きても、それは当たり前のことで 
 低い確率の成功が起きたら、とても明るい気分になります
・トラブル、問題、障害などを乗り越えることが
 人生だと知っているので、精神的に安定して、着々と
 生きることが出来るのです。

仏教は失敗は当たり前と認めているので
めげません。明るいのです

成功したら、めったにないと知っているので
これまた、喜ぶのです

仏教を知っている人は
生きるとは、トラブル、障害を乗り越えることだと解かっているのです。
だから毎日なにかあるんだと・・・
ない訳じゃないんだと・・・・
毎日頑張っても全部成功するっていう事はないんだと・・・

それが人生だと知っているんだと・・
で、着々とやる
辞めたら意味が無いでしょ
嫌だから辞めたとか、苦しいからとか、面白くないから
辞めたとかね・・・

なんで その考え方は・・・
動物より、以下でしょうが・・
動物は嫌だから辞めるって事はできないでしょうが

肉食動物が草食動物にやられる事もありますよ

私が人から「臭い」と言われたら
ナンのことなくひどく落ち込んだ風に悩んだ状態で
だま〜〜〜って、下を向いているんです

そして、便所から持ってきて
その人に本当に臭いものをあげるんです(笑)

動物の世界より落ちているでしょ
生きてる間中、トラブルの連続なのです

生きてる世界が幸福だと、仏教の世界ではいいません

★矛盾がない仏教の道
ヒューマン・エラーを減らす 中正の立場

※政治、仕事、社会
・「損・得」でものを判断することに間違いがある
・「損得基準」の行為は「損」という結果になるのです
・命をお粗末にするのです
・「幸福に生きる」という目的を基準にするならば
 社会での失敗の問題は解決する
・今と全く違った生き方が現れる

損得は成り立ちませんよ
生命は生きているんです
存在もしないくだらない計算をするから間違いをする

人間があって仕事があるのです
仕事があって人間では無いのです(×)

<終わり>

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