幸せに生きる〜ブッダの智慧から学ぶ〜

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zoom RSS ●人生は短い

<<   作成日時 : 2010/08/14 23:15   >>

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では、人生は空しくて苦しいものだからといって、
自暴自棄になり、自殺をしたり、やけ酒を飲んだりして、
自分のやりたい放題のことをして
人生を過ごしていいのでしょうか?




仏教では、自殺行為や墜落行為は一切認めていません。




仏教が教えているのは、「生命は死にたくなくても必ず死にます。
その事実をよく確認してください」ということです。





「死ぬのはいやだ」ではなく、「私は必ず死にます」と確認するのです。




必ず死にますから、穏やかな心で生きていましょうと。




感情的にならずに、嫉妬や憎しみ、苦しみ、競争心を持たずに生きましょうと。





一瞬でも苦しむ必要はありません。
私たちの人生はほんとうに短いのです。





だったらその短い時間を周りの人と仲良くして、楽しく、
気楽に過ごせばいいでしょう。



でも私たちは「自分は死なない」と考えているから、
人と喧嘩しても、人に迷惑をかけても、へっちゃらでいるのです。




ときどき20年でも、30年でも恨みや憎しみを持ち続けている人もいます。
そういう人の人生は苦しみのかたまりなのです。



「なぜ苦は偉大なる真理なのか」
日本テーラワーダ仏教協会 冊子
アルボムッレ・スマナサーラ長老より

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コメント(25件)

内 容 ニックネーム/日時
生きとし生けるものの悩み苦しみが無くなりますように。
慈悲と知慧
2010/08/14 23:39
おはようございます。

何人かの人に「あと数日で死ぬことが確実ならどうするか?」尋ねてみたことがあります。

断トツに多いのが、「最後に好きなものを食べて、思い存分酒を飲みたい」でした。

「最後に女遊びしまくりたい」もあったし「どうせ死ぬなら、この際ひと暴れしてやろうじゃないか」もありました。


いや〜、現実は厳しい(^-^;)。
人生色々、女性も色々、生き様色々、ということでしょうか。

2010/08/15 05:53
 3日くらい前、私の住んでいるマンションで夜中に火災報知機が鳴りました。協会掲示板における「きこり」の「火災報知器は、自由を侵害しない」という題名のコメントを引用します。

 火災報知器は我々の不注意を自覚させてくれます。
 
 しかし、火災報知器は、我々の自由は決して侵害しません。火災が起こったかどうかを確かめるのも自由ですし、逃げるかどうかも自由です。

 ただ、理性のある方々は、火災報知器に頼ることなく、自ら火災が起こったか否かを確かめるのがよいのではないかと思います。

 喩えになりますが、防災アドバイザー山村武彦氏が、川治プリンスホテル事件などを解説されたhttp://www.bo-sai.co.jp/bias.htmをお読みいただければ幸いに思います。(引用終わり)

 このWEBで解説をしている山村武彦氏は、『人は皆「自分だけは死なない」と思っている』(宝島社)という本を書かれておられ、そこでも川治プリンスホテル事件を取り上げられております。

 ずっと私がコメント欄に書くことを準備していた本の一つなのです。

 これは譬えですが、「人はまさか自分だけはデーヴァダッタのごとく、あるいは、そこまではいかないにしても、法の破壊をしないと思っている、法の破壊に協力しないと思っている」というところはあるのではないかと思っています。
ご紹介
2010/08/15 07:15
おはようございます。苦を理解することも、慈悲の実践も、むずかしいです。一ヶ月に一パーセントしかお釈迦様に近づけずとも、100ヶ月かければ、きっと100パーセントわかるはずです。
ぱん
2010/08/15 07:31
「人生は短い、だから悔いの残らない人生を過ごそう」ってのは誰しも思う事ですよね。
そこまでは良いのですが、悔いの残らないって言うのが主観で十人十色。
一般的には「楽しく」「好きな事に熱中して」って言うところでしょうか。
でも、仏教を知ったからには
「自分を整えて生きる」「相手(生命)を尊重する」「同じ苦なら意義のある苦を選ぶ」
三宝にに帰依し、五戒を守り、八正道で生きる。
仏教実践で一歩一歩前へ進みたいものです(^O^)

358
2010/08/15 08:36
正直に言えば、私は、時々悲観的に考えて、もし、そうなったら死ぬしかないかなと思ったりすることはあります。

生きとし生けるものの悩み苦しみが無くなりますように。
慈悲と知慧
2010/08/15 10:25
 2,3日前に、「日記とします」というブログを物凄く久しぶりに読んだのですね。で、「日記」という言葉が暗号の如くにも思われるので、その記事を紹介します。

 http://ameblo.jp/ruminow/day-20050521.htmlに2つ記事があるのですが、その下の方の「魔のさす時」という題名の記事です。

 この方は、数々の警告を、事もあろうに、マーラのせいと思ったみたいですね。

 私は、そうではなく、『賢者』の警告だと思います。

 おそらく、この時が、引き返す最後のチャンスだったのではないかと思います。

 その後、賢者の予測通り(と思われる)、ほどなくして、スマナサーラ長老を捨てて、パオ式に行ってしまっております(おそらく、パオで、出家されたのでしょう)。

 ちなみに、如何に神通力を持たれた賢者といえども、業は変えられないものと思われ、その記事で出てくる犬の死は変えられなかったのだと思います。

(「ミリンダ王の問い」2、中村元、早島鏡正訳東洋文庫、平凡社、181頁にマハーモッガラーナ尊者の入滅についてのお話がありますのでお読み頂ければと思います。
 ちなみに、その本では、「マハーモッガラーナの死」と書かれておりますが、阿羅漢聖者については、「死」と書くのは正しくなく失礼であり、「入滅」でないといけないと思います。スマナサーラ長老がそのような「趣旨」のことを話されたことを記憶しています。)。

 それで、スマナサーラ長老がクロマニヨン人とネアンデルタール人について間違えたふりをされたというHNおんがえしの意見を覚えておられますでしょうか?

 このブログには、クロマニヨン人とネアンデルタール人の話が出てくるのですね。http://ameblo.jp/ruminow/day-20050720.html
ご紹介
2010/08/15 10:38
聖者であっても一瞬にして堕落すると
長老はおっしゃっています。
油断大敵、飼い犬に手をかまれる
火災警報もありがたい
棚から《あんぱん》
何が起こるか解からない人生だからこそ
【今】をしっかり観てまいりましょうか!

ブッダの実践心理学
業論から抜粋致しますと<下記全文>

「人はどんな運命を持って生まれてきても
よい方向にがんばりなさい。それなりに
結果を出してくれるのだと言っているのです。

努力すればカルマが変わる。
正しい方向に常に、死ぬ瞬間まで
努力して欲しい」と
そういう事を説明するために、このカルマ論
を言っているという可能性もあります
            以上

あん
2010/08/15 13:56
あんさん
ありがとうございます。
勇気が出ました。今は『怒らないこと2』を読んでいるので、その次に実践心理学の業の5巻を読んでみたい(第4巻まで全部読んだわけではないですが5巻読んでも大丈夫ですよね?)と思います。
慈悲と知慧
2010/08/15 15:46
もちろりん
どこから読んでもいいと思いますよ〜

長老は言っておられます
「世の中のいろんな事に振り回されないように、
心をしっかりとして、精神的に強くなるのです。
人に負けても、自分に勝つことです。」
「この教えは、腰抜けには出来ないんだ」と、
「いい意味でのプライドを持ちなさい」と
いつも、おっしゃっておられます。
一緒にがんばりましょう!

あん
2010/08/15 16:20
ありがとうございます

生きとし生けるものが幸せでありますように
慈悲と知慧
2010/08/15 17:15
 おんがえしのブログより一部引用します。

 かっこうという鳥がいると思います。
   
 かっこうは、卵を他の鳥(モズなど)の巣に托し、育ててもらいます。
   
 そればかりではありません。
   
 かっこうの卵は、モズなど他の鳥よりも、通常、早くに孵り、モズなど他の鳥の卵を、外に追い出してしまったりするそうです。
   
 そればかりではありません。
   
 かっこうは、卵の色や斑紋をモズなど他の鳥に似せ、そうした他の鳥たちが、自分たちの卵とかっこうの卵を容易に区別することができないようにするそうです。
   
 しかし、人間であれば、簡単に、かっこうとモズなど他の鳥の卵の区別はできると思います。

 これは喩え話です。(引用終わり)

 ブッダのヴィパッサナーとマハシ式の区別がついていた方は、ほとんどおられなかったのではないかと思います。

 そして、予測を伝えることができる立場にいる人が、予測を伝えることが慈しみなのか、全く伝えないことが慈しみなのか、そういうことだと思います。

 普通に考えてみても、スマナサーラ長老入滅後、どなたが協会の中心で、説法、瞑想指導をされるか明らかでしょう。

 スマナサーラ長老は、医者は膵炎だが何だか一応病名をつけた方もいらっしゃるようですが、原因不明の痛みを抱えておられる。

 凄い痛みで、家に帰ると倒れこむこともあると聞いています。

 あのスマナサーラ長老が倒れこむのですよ。もしご存じないならば、新さまなども驚くのではないでしょうか?

 なお、おんがえしも述べてましたが、凄い痛みで、倒れこむとはいっても、スマナサーラ長老は、痛みが生じた後、「怒り」は生じておられないと思います。

 表面だけに麻酔が効いた状態で、お腹の中の手術までされた方ですから。 
ご紹介
2010/08/15 17:56
仏教は何がおきても
「冷静に」を教えているのです
私たちが、実践してこそ
長老への「おんがえし」ですね。
あん
2010/08/15 19:54
あくまで私見ですが、「スマナサーラ長老の後継者はどなたが宜しいでしょうか?」という趣旨のことを、スマナサーラ長老に伺うのがいいと思いますよ。

現在の瞑想会その他のスケジュールからいって、逆にマハーシ系の長老だけでは、不足するのでは?

どちらが牛耳るというじゃなくて、二人三脚的にいくのが宜しいかと。個人的な意見としてそのように思います。その中で、スマナサーラ長老の後継者の方とマハーシ系の方のどちらの「瞑想指導」を受けるか?は各人の選択に任せる。という感じがいいんじゃないかと思います。

例えば、そうすれば、今スマナサーラ長老の指導のもとでやってる方は、「後継者」の方の指導を選択出来るし、ミャンマーなどで修行された方が日本でさらに続けたい、ような場合には、マハーシ系の長老の指導を受けるかと思います。

今後、各地で瞑想合宿が拡大されるのなら、現状からそのように考えます。

あくまで個人的な意見です。


2010/08/15 20:09
 昨日の夜の大河ドラマは、薩長同盟に関するものでした。

 私と新さまでは、立場が異なります。
 
 そのへんのことは、ぱんさまのブログで、新さまと忌憚なく議論いたしました。

 http://alcedo-atthis.at.webry.info/201008/article_5.html
 http://alcedo-atthis.at.webry.info/201008/article_6.html

 しかし、新さまが提示されている解決策の結論は、ハンドルネームおんがえしやご紹介とほぼ同じ結論です。

 つまり、おんがえしのブログに書いてありましたが、事務局長などしかるべき立場にある方が、スマナサーラ長老に、どなたに最高レベルの瞑想指導をお任せしたらよいかを伺ってほしいというのがおんがえし、ご紹介の一貫した主張なのです。

 結局、主眼としては、スマナサーラ長老の後継者の確定にあるわけです。地方のかたが、スマナサーラ長老が認める瞑想指導者による瞑想を受けられるようにするという配慮も勿論あります。

 あんさまがおっしゃるように「冷静に」考察すると、結論としては、新さまと、おんがえし、ご紹介のような意見にまとまらざるを得ないと思います。

 しかし、事務局長は、少なくとも私の意見は聞く耳は持たないでしょう。
 たとえば、先のmagagiokさまの実況中継の理由の件について、8月6日、私は、ネットカフェから、事務局長に、大要、「特にmagagiokさまのコメントについて、スマナサーラ長老に直接ご確認いただいて直接回答して頂ければと思います。」という申し入れをしました。
 
 しかし、その私のコメントは公開もされておりませんし、何ら返事もありません。
 結局、近くにいるご友人などが働きかけないと、事務局長は動かないと思います。
ご紹介
2010/08/16 00:44
後は、やり方の問題だと思うのです。

ちなみに、ご紹介さんの賛同者はどれくらいらっしゃっるのでしょうか?このような場合、単独では難しいと思います。「一個人の意見を全てとり入れたら、会の運営が成り立たない」という、よくある考え方です。

それから、このような瞑想指導者の確定のような極めて大事なことを、事務局長に持ち込むのはどうなんでしょうかね?

もし私が極めて重大な件で、話を問題提供するなら、最初から、そこの会長にあたると思います。あくまで一般論ですが。実際、ある団体の会長さんに「要望」を書面で提出したことがあります。事務局にあたったら「まず会長に話してくれ」と言われたからです。

それから、私がもっとも懸念していることは、タブー化です。過去に「もしもの時にそなえて」と私が話したら、「そんな不謹慎な!」と叱られたことがあります。テーラワーダとは無関係な所でのことですが、「タブー視」自体は、どこでも程度の差こそあれ、あるかと思います。

協会にそのような、つまり、スマナサーラ長老の後継者をどうするのか?を懸念されている方がいらっしゃっるのを知ってはいます。やはり口調は曖昧になります(ある意味仕方ないことですね)。

だから、やり方によっては、会議での議題になるとは思いますが、あいにく、私はダーヤカにも、運営委員会にも出たことがないので、具体的にどうするか?自分ならこういう場合誰にどうするか?までの事は言えません。あくまでも、一般論的な範囲でしか考えられません。その辺、御理解いただければ、と思います。

2010/08/16 03:03
 新さま。単独で行動しているので、賛同者となるとよく分かりません。
 多分、集団で動いていたら、情報が漏れて、既につぶされているのではないかと思います。
 今でも、まだまだその危険は高いと思います。スパイ事件がありますからね。

 協会の中心にいる方が、かなりコーサッラ西澤長老を信仰していらっしゃることも考慮に入れる必要があると思います。下記URLの写真をご覧ください。
 http://gotami.j-theravada.net/2008/11/post-230.html
 http://d.hatena.ne.jp/ajita/20081115

 新さまもご存じの方がたくさん参加しておられるでしょう?(おんがえしは、これら写真をみて多くの方のために動くことを決めたのです)。

 賛同者の数の数え方も、もし仲間を募ったとして、スマナサーラ長老だけについていくという方になると本当に少ないと思います。新さまのように結論だけ一致という方ならば数は増えると思います。

 それと、スマナサーラ長老は、事務局長が従者的立場を果たされることを期待されておられると思います。ナーギタという戒名はおそらくスマナサーラ長老がつけられたのでしょう。
 ナーギタ長老は、お釈迦様の従者でしたから、やはり、スマナサーラ長老は、事務局長に従者としての働きを期待されていると思います。
 ですから、私は、事務局長に申し入れるのが筋であると思っています。
 
 結局、彼が従者的立場に目覚めなければ、同じことは何度も起きうると思います。(続く)
ご紹介
2010/08/16 03:58
 もし私が従者的立場にあったならば、例えば、協会の前会長、照智一生氏(鈴木一生氏、ウ・アローカ比丘)のWEBの記載を見た時点で、すぐにスマナサーラ長老に確認して頂いて、先方に訂正を申し入れたり、それでも応じなかったら協会のWEBでスマナサーラ長老のご見解を公表するなどの措置を取ります。
 
 そうしないから、いつまでたっても問題が解決しませんし、ブッダの教えが守られない事態が続いていると思います

(照智一生氏の記事の件は何度もWEBで問題になっていると思います。最近も、協会の掲示板で問題になりました。)。

 magagiokさまの投稿にしてもそうです。私なら即スマナサーラ長老に確認です。

 こういうことはこれからも起こると思います。

 スマナサーラ長老の後継者が決まったとしても、従者的立場にある方がしっかりしないとだめだと思います。(続く)
ご紹介
2010/08/16 04:00
 タブー視は、スマナサーラ長老の入滅を認めないというおよそ仏教的ではない発想ですから、事務局長が本気になって、他の人々を、説得しようと思えばできるのではないかと思います。
 
 人はいずれ死にますし、悟った方もいずれ入滅されることは避けられません。

 この事実を認めない方は仏教徒とはいえないので、そもそも後継者問題についての議論に参加する資格がないといってもいいと思います。

 それと、私もダーヤカに参加したことはありませんし、参加するつもりも今のところありませんが、ダーヤカ会議も、かつてスマナサーラ長老を支えていた方が抜けたりしておられるでしょう?
 それで、Twitterとか見ると、事務局長つながりの人も入っているように思います。
 だから、そもそもメンバーが偏っている可能性もある。

 結局、従者的立場にある事務局長がキーパーソンだと思います。編集長ではなく、従者になることが期待されていると思います。
ご紹介
2010/08/16 04:12
掲示板の内容ですが、運営について議論されてますね。このまま残しておいてよいのですか?
個人への意見もあり、内容公開を躊躇いたします。


あん
2010/08/16 04:32
 ハンドルネームご紹介の分につきましては、2010/08/16 00:44のコメントで、新さまと意見がまとまっているように思いますので、このコメントまで残して、後は削除されて構いません。

 ただ、新さまが、私の上記コメントを読まれているかどうか分りませんので、新さまが、読まれてから削除をお願いします。

 ※ 私の場合、個人への意見として書いたつもりはなく、多くの方にみてもらった方が良いと判断してコメントしています。 
ご紹介
2010/08/16 04:56
了解いたしました。
あん
2010/08/16 05:03
一応、読みましたので、削除されても結構です。

2010/08/16 06:39
会運営の方々をよく知りませんので
何もコメントは出来ません
が、少数意見というのは大切にしたいと思います
主旨はわかりましたので削除はいたしません。
私の会議の経験上から申し上げますと
・声がでかい
・権力者
・大多数
・知識人風
は好ましからざる・・だけ申しておきましょう。
あん
2010/08/16 07:11
 あんさま。どうもありがとうございます。
 
 どんな多数意見も、最初は一人の意見から始まるという事実があるのではないかと思います。同時に同じ意見が数カ所から始まるということもあるかもしれませんが、その場合も最初は少数意見だと思います。

 なので、少数意見は大切にしなければならないと私も思っていますが、実際にこうして実行されたあんさまは、凄いなぁと思います。なかなかできないと思います

 会議には限定しませんが、
 ・私は、声は普通の大きさだと思いますが、小さいと言われることもある。
 ・権力者ではない
 ・極少数
 です。

 知識人風というのはひっかかるところがありますが、スマナサーラ長老から「知識人」と言われておりますので、知識人「風」ではないかな、と思っています。
ご紹介
2010/08/16 08:17
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