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zoom RSS ★悟りへの第一ステージ「預流果」

<<   作成日時 : 2010/10/22 06:33   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 13 / トラックバック 0 / コメント 5

悟りには、預流果の先にさらに3つのステージがあり、
全部で4つの段階があるのですが、
経典ではこの段階については
それほど厳密に考えられていないようです。

仏教が広まって教理が体系化される過程で、
明確に区別して説明されるようになったのです。

画像


なぜ4つの段階に分けたかというと、
それだけ無常を知ることが難しいからです。

言葉を換えて言えば、
無常を真に納得するには4つの段階を経なければならないということです。


無常がはじめて見えて預流果に達した人は、本当にびっくりします。


それまでいかに自分は無知だったのかと気づくのです。
預流果になるためには、とことんお釈迦様の教えに耳を傾けることです。

自問しながら理解に努めるべきです。

ただし、ここで注意しなければいけないことがあります。


何度もいいますが、お釈迦様の教えだからと言って、それをそのまま
信じてしまってはダメです。
それでは悟ることはできません。


あくまでも自分でチャレンジして、
いろいろ試してみて、それでこれしかないと

納得して初めて悟りへの入口に入ることができるのです。



繰り返しますが、まず教えをよく理解すること、
これが第一番目に必要なことです。



よく理解したところで、自然に悟りへの道筋ができていくのです。


普通の勉強でも、真面目に真剣に理解しようと努めていると、
その分野についての理解がさらに深くなっていきますが、それと同じことです。
ただ単に試験に合格したいからとか、何かの資格を得るために、
あるいは暇があるからというのは、本当の理解に進む勉強ではありません。


真剣に理解しようと努力してはじめて見えてくるものがあるのです。


そのように自分の心で実験しながら仏教を理解していくと、
それだけで預流果に達することができます。
ヴィパッサナー冥想をしなくたってできるくらいのものです。


お釈迦様の時代でも、ただ説法を聞いただけで
悟りの第一ステージに入った人が大勢いました。

画像



悟りの最初の段階に入ったことを示す言葉として、
もうひとつ、「ディッティ・サンパンノー」があります。
「ディッティ」は「サンマー・ディッティ」(正見)の「ディッティ」です。


ものごとを客観的に見ることができるということです。


すべて生まれたものは消えていくのだというヴィジョンが心の中に現れるのです。

いったんそのように目覚めたら、またわからなくなったということはあり得ません。


「なぜ悟りを目指すべきなのか」A・スマナサーラ長老著書より



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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
おはようございます。

真理を知ることこそが生きることの最大目標で、そのためにどんどん理解を深めていく。と理解してます。

〜生きとし生けるものが幸せでありますように〜

2010/10/22 10:20
生きとし生けるものが幸せでありますように
慈悲と知慧
2010/10/22 14:34
本日、日本経済新聞の4面にかなり大きなスマナサーラ長老の『怒らないこと』の広告が出ています。

一人でも多くの人にお釈迦様の慈悲と知慧が広まりますように。
慈悲と知慧
2010/10/22 15:36
預流果・一来果・不還果・阿羅漢果という4つの段階を経て成長していくとのことですが、そのための方法論は
慈悲の瞑想とヴィパッサナー瞑想だけを一生懸命やっていれば自然に階段を昇ることになるのでしょうか?
Walter
2010/11/04 00:32
Walter様

藤本晃先生の著書「悟りの階梯」を引用いたします。

※お釈迦様が説くさまざまな教法ではなく、
他ならぬ諸行無常の真理そのものを、慧によって
わずかにでも理解し認容するなら、預流果を現証
するまでは決して死ねない、
特殊な随法行者となります。

このような諸行無常の真理に対する理解がググッと
深まった境地をさらに超えると、預流向者は
預流果に悟ります。

「真理を見る」とは、観冥想によって無常を
「体験」し、自分で諸行無常の事実を知ってしまう
ことです。

真理を知ったら、もう預流果に悟った聖者です。
凡夫の無知の境地には二度と戻りません。
(以上が抜粋でした)
ご参考にさせて頂きました。
あん
2010/11/04 07:44
★悟りへの第一ステージ「預流果」 幸せに生きる〜ブッダの智慧から学ぶ〜/BIGLOBEウェブリブログ
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