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zoom RSS ★精神統一では心は落ち着かない

<<   作成日時 : 2010/11/10 06:22   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 11 / トラックバック 0 / コメント 5

人はどうして落ち着きたいのかというと、心の落着いた状態では
いろいろなことがスムーズにできるからと言います。
集中して勉強したり、
むずかしい仕事をしたり、作曲したり、
芸術作品をつくったり、
これらすべてはまず心の統一が
一番必要だというのです。

スポーツ選手にも集中力、
心の統一が一番大切だとよく言われていますね。
心が落ち着いていないと、

自分のほんとうの力が発揮できないのです。
それは確かにその通りです。

落ち着くということがすべての行動の基本です。

でも落ち着くということは、我々の最終的な目的ではありません。

落ち着いた心で何をするかということがもっとも重要なテーマです。

落ち着いているだけでは、何かをする心の基本ができたにすぎないということです。


たとえば心が落ち着いてよく勉強ができたとか、とてもむずかしい仕事が
うまくいったとか、何かいい結果があってはじめて
ありがたいなあということになります。

落ち着いているだけなら、睡眠薬でも飲んで熟睡していれば
誰でも落ち着いているのです。

熟睡からさめた後に落ち着いて何かができるならば、
睡眠薬を飲もうということにもなるのです。

私はサマタを否定しているのではありませんよ。

落着きがなければ何もできないのです。
ですからとても必要な修行です。

サマタは何かをするために基本的に必要な条件となることは事実です。
そういう条件を整えて、

それからいよいよヴィッパッサナーの実践に入ることができるのです。


ヴィッパッサナーとは「よく観る」という意味です。
ヴィというのは、何か固まったものをキメ細かく切るという意味です。
つまりきちんと区別するということ。

ヴィパッサナーの場合には「明確に」と訳すのがいいとおもいます。

パッサナーというのは、観ること。

よく観察すること。ですからヴィパッサナーというのは、
「明確に区別して、詳しく観察すること」という意味になります。

先ほど説明したサマタ法はすべて瞑想だと言うことができますが、
ヴィパッサナーはいわゆる瞑想ではありません。

画像


ヴィパッサナーの代表的なやり方に座禅や立ち禅などがありますが、
それは禅を通して自分を観察することです。
ヴィパッサナーは

「よく観る」ことであって、心を落ち着けるための瞑想ではありません。


たとえば仏教を勉強することも、
あるいは固定概念に真正面から
ぶち当たっていろいろなやり方で物事を観ることも
一種のヴィパッサナーの実践です。


特にお釈迦様が直接教えられたお経の内容などを
きちんと自分で理解しようとがんばると、
ヴィパッサナーの働きはよくなります。

とにかく、
物事を明確に区別してきめ細かく観ることがヴィパッサナーです。


ヴィパッサナー法は5段階に分けて説明できます。

まず物事を分析する。ばらばらにして、識別する。
つまり物事を分けて、分けて、分けて出来るだけキメ細かく分けて、別々に観る。

次にそのばらしたもの同士はお互いにどう関係してあっているのか
を発見する。

お互いの関係を観るのです。


3番目に心の問題を見つける。

ヴィパッサナーというのは心の問題を直す方法ですから、自分の問題は
何かを発見する必要があります。

自分の問題、あるいは苦しみの原因、存在の問題を発見する。
次にその発見した問題を解決する。
自分が見つけた自分の問題を消す。
そうすると自分の苦しみが消えたという実感が生まれます。

つまり問題解決がなくなって、仕事が終わったというほっとする気持ちが生まれるのです。


そして心が自由になる。
それが解決です。
そういう段階でヴィパッサナー法があるのです。

まとめますと、

第一段階は現象の区別、識別

第二段階は諸々の現象の関係を知る。

第三段階は自分の問題の発見

第四段階は問題の解決法を実践する。


最後の段階は心が自由になった実感を得る、ということです。


画像


このヴィパッサナーの段階と同じことを、お釈迦様が別の経典でも
完璧に説明しておられます。

皆様もよくご存知の「苦集滅道」いわゆる「四聖諦」です。


ヴィパッサナーは「四聖諦」の実践法と言っていいと思います。

「四聖諦」はすばらしい教えですがあまりにも理論が完璧すぎて、
凡人にはとりつく島がない。手に負えないのです。


そこで少し我々の手に届くように実践しやすく考え出された方法が
このヴィパッサナーなのです。

こちらの方がいろいろ身近な印象があって、
我々もいくらか勉強したり、批判したり、
ああではなかろうかこうではなかろうかと
考えるすき間とも言える部分があるのです。

ところが「苦集滅道」と言われたらもう完璧すぎて
ちょっとどうしようもない感じですね。


それにまた「苦集滅道」を正しく理解することは、大変難しいのです。

皆さんは簡単だと考えているかもしれませんが、
私が本格的に説明しだしたら

あまりにも難解で逃げて帰ってしまうかも知れません。
それほど難しいのです。



「自分につよくなる」サティ瞑想法 A・スマナサーラ長老著書より

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
おはようございます。

今年はヴィパッサナー瞑想をかなりやりましたが、
苦集滅道がわかりませんでした。
来年も修行を積みたいと思います。

今年一年、
生きていることができた感謝の気持ちをこめて、
ヴィパッサナーの修行が積めた感謝の気持ちをこめて、
年末まで慈悲の瞑想キャンペーン実施中です。

生きとし生けるものが幸せでありますように
Sabbe satta bhavantu sukhitatta
ぱん
2010/11/10 08:11
なるほど、四聖諦ですか。勉強になります。

生きとし生けるものが幸せでありますように。
慈悲と知慧
2010/11/10 09:21
おはようございます。

これがよく言われる「如実に知る」ということだと理解してます。

〜生きとし生けるものが幸せでありますように〜

2010/11/10 10:27
この御本を拝読した折には、

自分に問題があるということすら、認めたくなかったと思います

まだまだ、まだまだ、傲慢があるようです

謙虚になれるよう、辛抱です



才木広之
2010/11/10 19:20
四聖諦
あんさんがリンクを張ってくださっている根本仏教講義のTOPにあるように、仏教のカナメって事ですよね。
カナメが理解できないのは悔しいです。
苦の理解と八正道だけではあかんのですね・・・
ヴィパッサナー冥想実践で手が届くのか
・・・・^^

頑張らねば

生きとし生けるものが幸せでありますように
358
2010/11/10 21:11
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