幸せに生きる〜ブッダの智慧から学ぶ〜

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zoom RSS ★「生きる目的」などない

<<   作成日時 : 2010/11/08 06:38   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 8 / トラックバック 0 / コメント 13

生命は「ただ生きている」のです。
生きていること自体に目的はありません。
この世に変わらないものなど、ひとつもありません。

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お釈迦様が説くとおり、「自分も世界も、すべて無常だ」と知って
おくことが、楽に生きる鍵になります。

仕事、子育て、勉強、遊びなど、すべての行動は、人生の目的ではなく、
生きるうえでの一時的な行為だと知りましょう。
それは、別にむなしいことではありません。


生命は「ただ生きている」のであり、

生きていること自体に目的といえるものはないのです。


こういうと「では、どう生きればいいのか」
と途方にくれるかも知れませんが、

答えは単純明快です。

他人と仲良く、他人にやさしく、そして自分も他人も楽しく生きればよい

これが仏教の提案です。

誰かが悲しめば慰め、誰かが笑えば一緒に笑う。
それで十分なのです。


何ごとも気楽にやりましょう。
子どもが生まれたら育てる、仕事も肩ひじ張らずにやる。
くれぐれも「仕事こそ人生だ」などと思わないことです。

いちいち悩んだり、誰かと比べたり、気にいらない人を憎んだりしたら、
自分が苦しいだけです。

そのときの波にふわりと乗るように対応すると、
すべてが楽になるのです。


「こころを清らかにする言葉」もう、何があっても悩まない
A・スマナサーラ長老著書より

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コメント(13件)

内 容 ニックネーム/日時
生きとし生けるものが幸せでありますように。
ぱん
2010/11/08 09:23
おはようございます。

役立つこと、やるべきことを、妄想せずに気楽にテキパキやって、そこに「充実感」を感じられるよう、日々生きればいいのかもしれないですね。

〜生きとし生けるものが幸せでありますように〜

2010/11/08 10:13
私の仕事は、30分、1時間という単位なので
妄想を入れる余地がなく、いかに効率良く
最善を尽くせるか・・・・に賭けています。
お釈迦様の教えのお陰で充実感を得られ
人に役立つ事をさせてもらえて
本当に幸せだと思います。

今日のテーマ「生きる目的はない」
はじめての方には、ショッキングな文面では
ないでしょうか?
本当に、気楽に肩肘張らずに毎日を過ごして
行きたいものですね。

生きとし生けるものに悟りの光があらわれますように

あん
2010/11/08 11:51
生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように。
慈悲と知慧
2010/11/08 12:08
悩んでいる人に、ぜひとも伝えたいメッセージですね。

最近本当に悩みは少なくなりました。仏教のお陰だと思います。

ありがとうございます。

悩みなのかな?食欲がなかなかコントロールできない・・・食欲の秋だし^^;
慈悲と智慧さんのブログで昨日ご紹介頂いてるスマナサーラ長老のパティパダの巻頭言、とても参考になりました。ずいぶん前のバックナンバーですが、さすがに真理ですね。

生きとし生けるものが幸せでありますように
358
2010/11/08 17:52
このように、周りの人にも、

言えるようになりたいです

生きとし生けるものは、幸せでありますように
才木広之
2010/11/08 20:02
生きていることに目的はないとのご意見ですが、生きているそのことが生きている自己目的なのではないかと思いました。

生きと生けるものが幸せでありますように
Walter
2010/11/08 22:50
生きよう、生きよう、と無意識に思っている

死にたくない、死にたくないと無意識に思っている

それが、私たちだと思います

けれど「なぜ生きようとしてるの?」

「なぜ死にたくないの?」

と問うても、答えはないように感じます

そうであるなら、お互い、楽しく、

お互い心穏やかで、お互い気持ちよく

そのように生きてたほうが、気持ちよいと

感じています

生きとし生けるものは、幸せでありますように

才木広之
2010/11/08 23:00
はじめまして。
私は、浄土真宗の布教師ですが、
仏教には、人生の目的が明白に説かれていることを、
心から喜んでおります。
人生の目的と言いましても、自分で決めることでもこじつけることでも力むことでもありません。
おっしゃる通り、人間の営みのすべては目的ではなく、生き方です。それらまるごと手段と言える、目的があります。
こちからの努力ではなく、
阿弥陀様から一方的に教えてくだされる
多生の生命の旅の真意であります。
南無阿弥陀仏
こうちゃん
2010/11/09 23:35
こうちゃん様
はじめまして、コメントありがとうございます

自分自身の努力が実ったときの喜びは
何にも換え難いものだと思います。
生きている喜びはそういう充実感だと・・・
誰かれのためでもなくて
誰かに生かされているのでもなくて・・・
生を持ったからには、
一切の責任は自分自身にあるのだと
自分をしっかり管理して生きなさい。
お釈迦様の教えを学んでおります。
生きとし生けるものが幸せでありますように
あん
2010/11/10 06:42
『他人と仲良く、他人にやさしく、
そして自分も他人も楽しく生きればよい
これが仏教の提案です。』

こんなことではないと思っております。
これでは、さちひろやと同じになってしまいます。

死の恐怖が出家の動機であり、
これでは死の恐怖は超えることが出来ないと考えています。
イエスちゃん!
2010/11/10 11:02
イエスちゃん!さま

「死の恐怖」とは業で刷り込まれているので
しょうか?
私は、まだ体験が無いものですから
自分と他人様の観察をして勉強させて頂いて
おります。
お釈迦様や昔の阿羅漢になられた方々は
「死の恐怖」から出家して暗い森や洞窟で独り
修行されたのでしょうか。
きっと毒蛇やら猛獣やらの恐怖があったでしょうね。
餓死の危険もあったでしょう。
「死の恐怖」で出家が出来るのでしょうか?
と、ふと思ったことを述べてしまいました。

生きとし生けるものが幸せでありますように
すべての生命の幸せを願います
あん
2010/11/10 13:26
今晩は。

簡単な表現で凄いこと言ってるのかな〜と思いました。

誰かと比べないことは阿羅漢でなくなるマーナという煩悩だと思います。

何気に完全たる悟りまで提案する、スマナサーラ長老は、やはりただものではないと思いました。

〜生きとし生けるものが幸せでありますように〜

2010/11/10 18:49
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