幸せに生きる〜ブッダの智慧から学ぶ〜

アクセスカウンタ

zoom RSS ★仏教は人間をたたき直す

<<   作成日時 : 2010/12/27 06:31   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 8 / トラックバック 2 / コメント 15

仏教は人間の根性をたたき直す教えです。
それが嫌だという人に、強引に勧めることはできません。
そういう人々は放っておくのです。
そこで問題が起きます。


ブッダがすべての生命に対して
慈しみを抱いているならば、
嫌がる人々も何とかして
育てることが仕事ではないか、という疑問です。


医者ならば患者を治すのが
仕事ではないかという質問と似ています。

しかし、「はい、そうです」は答えではありません。
治せない患者もいる。
治療方法がない病気もある。


医者はその人々にいくらか楽になる手当てをして、
治せる患者に対して能力を注ぐのです。

お釈迦様はこころの医者なので、
治せる見込みのある人々に親切丁寧に指導しますが、

こころを治してもらいたくないと思う人々には
嫌な気持ちにならない程度で話をして終わるのです。


画像


宗教家が謳っている、「一切衆生の救いのために」という有り得ない
非現実的なスローガンは、
仏典を調べる限り、お釈迦様には無かったように見えます。

仏典を読んでみると、我々の怠け根性をたたき直すような、
しつけの言葉がいっぱいあることに気づくことでしょう。




この世の中の様々な問題に対して
生ぬるい気持ちでいる場合は、

解決策は出てこないのです。

時によっては厳しい態度も必要です。


「仏の顔も三度まで」



という有名な諺が意味することは、これだと思います。
一つ、例を出します。


人間なら仕事して食べるのが当たり前です。
それが仏教の立場です。

仏教ではすべての生命は自分の業を
相続して生まれるのだと言うのです。

この世で生まれた、ということは、この世で死ぬまで
その人の命を支えてあげる力が業にある、ということです。


それなのに一部の人々は、仕事が嫌だといって引き篭もってしまう場合があります。


社会が自分のことを可愛がってくれないことに、

自分をほめたたえてくれないことに、おだててくれないことに、

腹が立っていると思います。




人間の社会は誰のことも可愛がってくれませんし、
おだててもくれないのです。

しかし常識ある人々は、それが当たり前だと思って、
社会の攻撃を乗り越えて頑張るのです。

仕事をしないなら食べる権利はありません。

お腹がすいて死にそうになったら、空のプライドを捨てるでしょう。
日本の社会の生ぬるい態度のせいで、
引き篭もりの問題に解決策がないのです。

ニートの機嫌をとっても意味がありません。
しかし、私たちは厳しい態度に慣れていないのです。


誉め殺しには慣れていて、皆、他人から褒めてもらうことを期待している。
これが精神的な病気なのです。



我々はあらゆる厳しい態度に対応できる

強い精神を育てなくてはならないのです。



厳しい環境であっても生き延びることができるなら、
それこそ能力と言うべきです。

皆がなんとか自分で生きる手段を考えるならば、
それだけで社会が元気になります。




それをしないで、精神分析したりディスカッションしたり、
情報社会だから様々な情報を集めて議論したりしますが、
結局は結論がないでしょう。時間の無駄です。



生き延びる手段を発見するほうが現実的です。
厳しいことを言うと、腹をたてる人、嫌う人は世の中に当然います。
しかし、人の機嫌をとって生ぬるい事を言っても、
誰の役にも立たないのです。


パティパダーno.191 B.E.2554/A.D.2011 1月号 
A・スマナサーラ長老 特別法話
〜愛”I(私)”と上手に付き合って生きる〜より抜粋

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 8
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス
驚いた
面白い
ガッツ(がんばれ!)

トラックバック(2件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
「★仏教は人間をたたき直す」について
「★仏教は人間をたたき直す」について  あんさんのブログに感銘を受け、人生勉強のための参考にさせて いただこうと思っています。 ...続きを見る
心のコンテナ
2010/12/27 21:45
「★仏教は人間をたたき直す」について
「★仏教は人間をたたき直す」について  あんさんのブログに感銘を受け、人生勉強のための参考にさせていただこうと思っています。 ...続きを見る
心のコンテナ
2010/12/27 21:57

コメント(15件)

内 容 ニックネーム/日時
おはようで、ございます。

あまりに寒いと文句も出ない

淡々と作業をこなすのみ

その中に楽しい会話があると、少し心温まる

といったことでしょうか。

生きとし生けるものよ、幸せであれ
才木広之
2010/12/27 07:24
おはようございます。

今日もためになるお話、有難うございました。

〜生きとし生けるものが幸せでありますように〜

2010/12/27 09:20
自分が病気になった方が周りも良いとのコメントがありましたが、結局、「いや、そんなことないです」的な慰めや自分を認めてもらうコメントを期待しているのでしょうね。

こころをたたき直すには、滝に打たれる苦行や火の近くに行く苦行はする必要はありませんが、【実況中継】という忍耐が必要なんだと思います。

生きとし生けるものが幸せでありますように
慈悲と知慧
2010/12/27 12:25
相手の方をそのまま尊重してみて、話をしてみることで、新たな発見が生まれると思います

ソープランドでも、身の上のお話にまで、話がいくと、とても邪な行為を行うという気は起きません。どうしてやることも、自分には出来なく、ただ、心を少しでも、善い方向へと、思ったり、感じたりしながらお話をするだけです。

骨折とかで、仕事を休んだこともありますが私は嬉しいんです

当然骨折しないようにとか、病気をしないようにとか気をつけていますよ

それでも、病気になった時には、嬉しいんです

そのまま死までいければ、越したことはありませんが

死を期待したり、病を期待したりしてるわけではございません

ただ、病や、死が来れば、ありがたいことだと、思うのです

だって、これで、なーんにも、おしまいになるんですよ

輪廻だけはしたくありませんが。

社会生活は、輪廻そのものでしょう、どうあがいたって

苦しい輪廻は、誰しもしたくない、幸せな輪廻をしたい、(社会生活の中で)

しかし、この肉体の生死の時は、一回限りのチャンスです

もう早くそのチャンスの時が来てほしいんです

輪廻なく、おしまいにしたいんです
才木広之
2010/12/27 12:57
「当たり前」のことができない自分
人のやることは厳しく観て、自分のすることには寛大で甘やかす自分。
慢がありますからね・・・どうしたって。
誰もが多かれ少なかれ共通しているのでは?とも思います。
でも、来年も仏教から逃げずに、慈しみの心育て、観察・客観視で智慧を開発して行きたいと思います。
「知っただけで幸せ」本当にそう思います。
でもそれは切符を手に入れただけと同じことですよね。

毎日あんさんのブログを読ませていただいて、ちょっとずつでも当たり前の人間になれるように勉強していきたいと思います。

ありがとうございます。

生きとし生けるものが幸せでありますように
358
2010/12/27 15:50
動き回るこころを落ち着かせるには
どうしたらいいか?
『冥想』と言葉で言ってしまうんじゃなくて
具体的に考えてみましょうか。

生きとし生けるものが幸せでありますように
あん
2010/12/27 18:46
徹底的に、やれば、死んでしまうわけです

徹底的に行けば、死に行きつくのです。

徹底的に行った結果が死なのです

または、死を待つ行為なのです

しかし、死を待つ行為の心で生きていても

周りの方を、苦しめるばかりなのです

ですから、慈悲の冥想をすれば、周りの方を苦しめずに済みます。

しかし今度は自分が苦しむわけです

無理して、生きようという心を、作っておるのですから苦しむのです。

どちらにしても、苦しいだけなのです

ですから、ありがたいのです。


才木広之
2010/12/27 21:48
死を待つ心で、生きていれば、周りの方を苦しめる訳です

周りの方は、生きていたい、という感情を基本に生活されておられますから。

私のように、死を待つ心のものが、発言すれば、「じゃあどうすればいいの」と苦しみを与えてしまうのです

ですから、死ほどありがたいものは、私にとってないのです
才木広之
2010/12/27 21:52
死を待つ心は、記憶にある限りの、幼いころから、ずーっと、そのままです

私は、ずーっと死を待ち続けているのです

しかし、心とは、関係なく、生命としては(この体としては)生きようとしてることは、確認済みです

ですから、死にたいと思って死ねるわけでもないことも、充分に経験済みです

宝くじで、一等が当たったとき嬉しいと思う人が、なかにはいるでしょう

私は宝くじで一等が当たってもうれしいと思わないでしょうが、雷が、頭の上に、当たって、死んだら嬉しいのです

そのようなことです
才木広之
2010/12/27 21:59
「あんさんのブログ」に感銘を受け、人生勉強のための参考にさせていただこうと思っています。

 突然で恐縮に存じますが、貴女の「ブログ管理人ページ」に私からのメッセージを入れさせていただきましたので、是非ともお読みいただき、今後とも「幸せに生きる」方法をご教示賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
SEASON
2010/12/27 22:00
ですから、そのように感じてる私ですから、私の頭の上に雷が落ちて、死んだなら、喜んでいただければいいのです

「死ねて、よかったなー」といって頂ければよいのです

ですから、私にとっても、皆様にとっても、ありがたいことなのです
才木広之
2010/12/27 22:03
マーけれども、宝くじが当たることを想定して人生設計を立てる人もいないでしょうから

マー私も、多めに、百ぐらいまで、生きているという過程で、生活設計してみようかなっっと感じました

早ければ越したことはありませんが、一応百ということで、やってみますか。
才木広之
2010/12/27 22:34
SEASONさま
ご訪問、ありがとうございます!
このブログを気に入って頂けましたこと、
嬉しく思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
才木さま
カミナリ様も迷惑なことだろうと思いますよ
どうせ堕ちるなら、燃えて光輝く生命に
堕ちたいだろなぁと思いますよ

生きとし生けるものが幸せでありますように
才木さまのコメントに怒りが無くなりますように
あん
2010/12/27 22:36
私のコメントに、怒りがなくなりますように

私の親しい人々の、怒りがなくなりますように

生きとし生けるものの、怒りがなくなりますように

私の嫌いな人々の、怒りがなくなりますように

私の嫌っている人々の、怒りがなくなりますように

生きとし生けるものが、幸せでありますように
才木広之
2010/12/27 22:47
あんさんに、助けられました。

ありがとう。
才木広之
2010/12/27 22:56
★仏教は人間をたたき直す 幸せに生きる〜ブッダの智慧から学ぶ〜/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる