幸せに生きる〜ブッダの智慧から学ぶ〜

アクセスカウンタ

zoom RSS ★「やるべきことを妨げる、やりたいこと」

<<   作成日時 : 2010/12/30 06:30   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 11 / トラックバック 0 / コメント 11

人の行動について、少々考えてみましょう。
判断してから行動するのです。
判断がよくないならば、その行動の結果もよくないのです。
行動も3裂主義の審判を受けるのです。

行動・行為は3裂主義の審判を受けると、

☆やりたい行為と
☆やりたくない行為という二つが現れます。
☆三番目の判断は、「その気にならない」と言ったところでしょう。


当然なことで、人々は、やりたい行為は喜んで、進んでするのです。
やりたいという気持ちは、欲からも怒りからも生まれるのです。

欲は意欲を起す、怒りも意欲を起す。無知は意欲を起さないのです。
というわけで、
やりたくない、という意欲がない状況は、無知の結果です。


無知ではない「やりたくない」もあります。
欲が起した意欲を、欲と正反対の怒りが起した意欲で、
打ち消す場合もあるのです。

しかし、日常生活の中では、たくさんの行為は反対の煩悩で打ち消されて、
やりたくない事になってしまうのです。


結果は、簡単に言えば、
「みな充分、頑張っていない」ということになるのです。

画像


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最後に仏教の立場から考えてみましょう。

@やりたいこと

Aやりたくない事という二つがあります。それに

Bやるべきこと、を入れなくてはならないのです。



「やるべきこと」という概念は、人間の生き方に仏教が新たに導入するものです。



やりたいことも、やりたくないことも止めれば、
煩悩の刺激で生きることにストップがかけられるのです。
煩悩にストップをかけられたら、決まってよいことになるのです。


それで人が、やりたい、やりたくない、という感情と意欲を制御して
「やるべきこと」をするならば、その人は幸福な人生を歩むことになるのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



やるべきこととは何でしょうか。
それは、自分の、他人の、ためになる行為です。

好き嫌いには関係ないのです。

病気になったら、やるべきことは病院に行くことでしょう。
好き嫌いには関係ないのです。
学校に行ったら、学ぶことでしょう。今自分が何をやるべきか、ということは
いつでも眼の前にあるのです

人間はこの教えには簡単には納得しないのです。
やりたいことをできれば幸福だと、思っているのです。

    ・・・・・・・・  ・・・・・・・

頭が煩悩で混乱するときは、いまに関係ない意欲がたくさん出てくるのです。
一つの時間でやりたいことがいくつかある場合は、要注意です。


これはあり得ないのです。やるべきことは、一個しかないのです。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「やりたいこと」に簡単に飛びつくのは止めた方がよいのです。
やりたいことは、欲か怒りです。


欲と怒りは無知という土台で現れるのです


やりたいことをやるとは、
煩悩が、心の汚れが、増えたい放題の生き方です。

頭が混乱して無知に陥るのです。
幸福の道、安穏の道、解脱の道ではないのです。

「やるべきこと」を行うのです。
そちらには、欲も怒りもありません。


やるべきことなので、かすかにでも理性が入っているのです。
この理性は、無知に対する解毒剤です。


やるべきことをやる人は、煩悩から解放されるのです。


出家にこの方法として、身体で行う行為を
その都度その都度、つねに気づいておきなさい。

と、サティの実践をお釈迦様が推薦する。
それで、出家した目的に達するのだと説かれるのです。


B.E.2553/2009 9月パティパダー「巻頭法話」
P9〜P16より後半部分抜粋
A・スマナサーラ長老

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 11
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス
驚いた
面白い
ガッツ(がんばれ!)

コメント(11件)

内 容 ニックネーム/日時
おはようございます。

今日も大変貴重な法話を有難うございました。

〜生きとし生けるものが幸せでありますように〜

2010/12/30 09:23
 昨日、協会の施本「八正道大全」に関し、「cittassaで『心の者』という訳になるようです。」とコメントしたのですが、後のコメントで詳しく訂正をいたしました。
 
 もし、間違ったコメントだけを読まれた方は、訂正のコメントもお読み頂ければと思います。
ヴィーナス
2010/12/30 09:33
今年もあと2日ですね
皆さんはどんな一年だたでしょうか?

自分としては、今年はワンギーサさんの「困った時はダンマパダ」から始まって、あんさんのブログやここに集う皆さんのブログやコメントでテータワーダの教えやスマナサーラ長老のご説法が随分自分の中に入って来た様な気がします。

一度聞いただけで理解したような気になっていた事が何度か触れることで身につくというか

毎日毎日情報をご提供いただきありがとうございました

色々な大切な事がキーワードとして自分の中にありますが、課題を残したワースト5です^^;

1.常にサティ&サンパジャナ
2.知識よりも冥想実践
3.足るを知る(特に食欲)
4.人に大きなリンゴを躊躇なく渡せる
5.孤独を恐れない

来年も358(三宝に帰依し、五戒を守り、八正道で生きる)を目指し、精進していきたいと思います。
ありがとうございました。

生きとし行けるものが幸せでありますように
358
2010/12/30 10:12
みなさん
どうぞ良いお年をお迎え下さい。

そして
〜生きとし生けるものが幸せでありますように〜
cho
2010/12/30 10:44
やはり気づきですね。
気づくことが本当の忍耐だと思います。
そして実況中継で妄想をブロックすることが大事ですね。

生きとし生けるものが幸せでありますように
慈悲と知慧
2010/12/30 11:31
 皆さまが気づいておられるのかよく分からないのですが、本日のあんさまのブログ本文記事は、私が昨日紹介しましたasavaが出てくるパーリ経典ダンマパダ292、293に関してのスマナサーラ長老の巻頭法話です。

 このブログ本文記事でスマナサーラ長老が仰っている「煩悩」は、ダンマパダ292、293を念頭に置かれての説法ですから、asavaレベルの煩悩を意味していると思います。

 ですから、相当に深い内容の説法だと思います。その点が、よく分からない方は昨日の私のコメントをお読み頂ければと思います。
ヴィーナス
2010/12/30 13:14
そうなんですね!「いわずもがな」です。
ポイントは深いところにありますね。
解かる人だけに解かるところが
楽しい仏教の勉強ですね

貴重なコメントも含めて、皆様と色々と
勉強させて頂きました。
今年の春から、お付き合いして頂きました。
コメント勉強になりました。
ありがとうございました!

ブログ気持ち玉も「旬」でしたね。
ありがとうございました!

いつまで続くか分かりませんが、
来年もよろしく〜〜
生きとし生けるものが幸せでありますように
あん
2010/12/30 13:52
 あん様 今日は、ご多忙中にもかかわらず、早速質問にご回答いただき、とてもうれしく思っています。

 この「やるべきことをやる」については、私もすぐに理解できました。小さい頃から母にいつも言い聞かせられていたからだと思います。

 それに、これと同じようなことかもしれませんが、「欲しいものは我慢しなさい。」「必要なものは買いなさい。」とも教えられました。

 では、あん様、季節柄、お身体には十分ご留意いただき、良いお年をお迎えください。
 そして、来年もみんなのためになる記事を期待していますので、よろしくお願いいたします。
シーズン
2010/12/30 21:40
ひさびさにグリーンヒル瞑想研究所 http://www.satisati.jp/ の今日の一言を読みました。母の介護について、ヴィパッサナー瞑想的に考察している所長の一言に、徳の高さが伺えます。
ぱん
2010/12/31 06:59
 大洋村からスマナサーラ長老につき従っている最古参の方ともいえるHさま(2つ前のコメントで述べましたHさんとは別人)が、ヤサさんに、このような話をされたことを聞いています。

 熱海の瞑想合宿で、○○さんのところで瞑想してぐちゃぐちゃになって(スマナサーラ)長老のところに来る人がいる。
 (スマナサーラ)長老は、○○さんのところでぐちゃぐちゃになったのならば、そこで対応してくれと仰っている。…中略…

 (私は)ミャンマーとかタイとかで修行したことがあるけど、熱海が一番。通訳の問題があるし、タイでは病院の問題があった。…
 
 スマナサーラ長老から離れちゃだめだ。

 (引用終わり)

 まさに善友といえる方ではないかと思います。

 ちなみに、「(スマナサーラ)長老は、○○さんのところでぐちゃぐちゃになったのならば、そこで対応してくれと仰っている。」と言葉では言いましても、結局、スマナサーラ長老は慈しみに基づいて対応して下さるわけです。
 長老が、言葉でそういうことを言いますのは、「そっちの先生に行ったのは間違いである」ということを自覚される必要があるからだと思います。
 それを自覚するタイミングとしてベストなわけです。
ヴィーナス
2010/12/31 08:01
 続きです。上の文章「熱海が一番」と書いてますけど、「スマナサーラ長老が一番」という趣旨で間違いないと思います。文脈からいって。また、非常に長くスマナサーラ長老につき従っている方ですから。
 現在は、スマナサーラ長老は「熱海」の合宿では冥想指導されなくなってきていると思います。
ヴィーナス
2010/12/31 08:07
★「やるべきことを妨げる、やりたいこと」 幸せに生きる〜ブッダの智慧から学ぶ〜/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる