幸せに生きる〜ブッダの智慧から学ぶ〜

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zoom RSS ◇◇人間は自分が大好きA

<<   作成日時 : 2011/01/17 06:30   >>

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自分が大好きだと言いながら、自分を破壊に導くのは明らかに矛盾
しています。
仏教では、まず自分を守るために「みんなにやさしくしなさい」と
説きます。

「うそをついて人をだますなかれ」と戒めるのも、うそをついて
人をだませば自分が守られなくなるからです

画像



当然、だまされた側は恨みをもって、だました側を攻撃するでしょう。

「生命を殺すなかれ」という戒めも自分を守るためです。

この世に生まれたときから、自分が殺されることを常に待ち望んでいる
生命などどこにもいません。

だから攻撃されたら殺されないように反撃するのです。

しかし、結果的には敵を殺すことで、どんどん敵の数が増えるのであって、
決して自分を守ることにはなりません。

このように仏教は最初から「自分を守る道」を教えているのです。

どうすれば自分が安全に生きられるのか、社会から攻撃を受けないで
済むのか、自然から攻撃を受けないで済むのか・・・・・・。

私たちはこうしたことをよく考えて生きるべきです。
そして、死んでからも不幸にならないように、よりよいところに
生まれ変われるように、計画を立てて生きなくてはならないのです。

世の中には「人は死んだら神や仏になる」という考え方があります。

仏教徒の立場から言えば邪見です。
それ自体が自己破壊的な考え方だからです。

死んだ人が神や仏になるというのならば、この世の中でどんな
生き方をしてもよいことになります。

これは仏教徒の教えに矛盾します。
それに私たちがただ死ぬだけで仏や神になり、人々から拝まれる
のであれば、なるべく早く仏や神になった方がいいでしょう。

これでは早く死ねばいいというおかしな話になってしまします。
そういう何気ない思考の中にも、人類を破滅させるような概念が入って
いるのです。

世の中のあらゆる物事は、私たち一人ひとりの勝手な都合に
合わせて動いているわけではありません。

全ては因果の法則に従って動いています。何事も必ず原因が
あって結果が生じているのです。

まじめに勉強すれば頭がよくなるし、まじめに仕事をすれば収入が
得られます。

反対にろくに仕事もせずパチンコばかりしていれば、瞬く間に
お金がなくなります。

さらに借金までして、ひどい目に遭います。

また、体とこころはそれぞれが別々に因果の法則に従って動いて
ますから、自分の好きなものばかり食べていると、とたんに
健康を害します。

だから自分のわがままで生きることはできません。

わがままを表に出すと自己破壊を招くのです。

・・・・・・つづく・・・・・・

訳「法句経(ダンマパダ)」 一日一悟 A・スマナサーラ 著 P.57〜59

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コメント(18件)

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おはようございます。

死後の話が出てきましたが、輪廻を肯定してるのではないと思います。

よく、仏教は修行者のための教え(輪廻を乗り越える)と在家のための教え(いい輪廻をする、死後いい所に行くなど)があり、両者は内容的に矛盾している。という方がいますが、それは仏教を対象にして、読書してるからだと思います。

実践して、生活そのものとしてしまえば、何ら矛盾を感じません。

死後、例えば天界など高次元に生まれ変わりたければ、智慧を育て欲や怒りを捨て、戒を守り、慈しみの心で生きる必要があるかと思います。

それは、必然的に輪廻からの解脱の方向に心が向かう。ということになると思います。だから、肯定してるようで、そうではないと
思います。

あくまでも、原因と結果でみるべきことだと思います。

〜生きとし生けるものが幸せでありますように〜

2011/01/17 07:56
在家としてやるべきことを焦らず、怠けず、妄想しないで、落ち着いて、慈しみをもってやり抜く。

生きとし生けるものが幸せでありますように。
慈悲と知慧
2011/01/17 08:38
 新さまは対機的に説かれたのだと思いますが、このままだと誤解される方も有るかもしれませんので、僭越ながら補足します。

 お釈迦様は、在家の方の場合でも、解脱を目的にして説法されるのが原則だと思います。例外もありますが、それが原則だと思います。

 スマナサーラ長老も同じだと思います。

 例えば、ブッダのヴィパッサナーは解脱のための実践法です。
 お釈迦さまも、スマナサーラ長老も、これを在家の方にも説かれていると思います。

 ちなみに、スマナサーラ長老は、「今の日本では、食事の問題があるから、説法の才能があるのに、出家させてあげたくても、させてあげられない」というようなことを仰られた記憶があります。
 日本において、そういう人が在家の中にいるということです。

 協会の方々の努力により、食事のお布施は広がってきていると思います。

 しかし、比丘の方々の食事というものは、本来は托鉢でしょうし(しかも、玄関を叩いたりして訪問をしてもいけなかったように思います(「お布施をくれませんか?」というような訪問のことだと思います)。外で立って待っているだけ、しかも、家人が、比丘の方にお布施をするために準備しているような場合を除いて、長く立っていてもいけなかったように思います)、そこまでの体制が整うのは、日本では、まだ先のことではないかと思います。

 ですから、現在の日本においては、スマナサーラ長老はなおさら出家在家をあまり区別することなく、解脱に直結するかなり高度な内容も在家の方に説かれているように思います。

 大四十経の経典解説(協会にDVDあり。また、協会施本「八正道大全」で書籍化)などはその典型ではないかと思います。
ヴィーナス
2011/01/17 09:28
ヴィーナスさん。

補足有難うございます。

このブログの読者の方全てがスマナサーラ長老の教えを聞いているわけではないし、よく勉強されてるわけでないと思い、コメントしました。

スマナサーラ長老の瞑想指導や法話などに参加せず、独学で満足される方が結構いるように思います。事実、そのような方に限って、パーリ経典は矛盾してる。ということを言われたりします。

昨日もスマナサーラ長老の著書やパーリ経典の日本語訳を街中で読まれている方がおりました。

ちなみに、私の聖糸を見ても全く無反応でした。

2011/01/17 10:08
そういえば、一つ疑問があるのですが、事務局長が良くすすめている、佐々井さんというお坊さんがいますが、彼は何者なんでしょうか?私は読んだことがないのですが、大乗仏教の方ですよね?
慈悲と知慧
2011/01/17 12:10
こんにちは、今日は小学生が、雪のために、学校休みだそうです。

子供がいない世界なんて、考えられませんね。

多くの元気を、いただいてる、子供様に、感謝です

メッセージを見るのだ。
才木広之
2011/01/17 12:35
 慈悲と智慧さま。

 私もよく分からないのですが、佐々井さんは、瞑想は不要と言っているみたいです。テーラワーダの方ではないようですが、次のようなブログ記事があります。
 http://blog.vedacenter.jp/?eid=1008158

 私は、かなりエネルギーのある方だけに、影響を受けやすい人は引きこまれないように注意された方がよいのではないかなと思います。

 http://d.hatena.ne.jp/ajita/20090608 に、この瞑想不要の点について、事務局長のコメントがあります。最後の方です。

ですが、一般的に、瞑想不要を説くのはいくらなんでも駄目だと思います。
 ヴィパッサナーを涅槃を体験するための唯一の道としているブッダの教え(大念処経など)に明確に反していると思います。

(個別に、今瞑想修行をすると瞑想が進まないから、違うことをするように指導することはありえます。そういう場合ではありません。)。
ヴィーナス
2011/01/17 16:08
ヴィーナス様

ありがとうございます。
確かにエネルギーがあるというか迫力があるからファンがいるのでしょうね。
やはりスマナサーラ長老ですね。
慈悲と知慧
2011/01/17 16:30
 続きです。

 佐々井さんが、瞑想不要と仰る以上、ヴィパッサナーも不要となります。

 お釈迦様は、皆が、解脱することを願って説法されておられたと思います。
 
 なので、涅槃を体験するための唯一の道である四念処(ヴィパッサナー冥想)を不要とする方向で教えを説くことは、たとえ他宗派で、ヴィパッサナーを知らない人でも大きな罪となると思います。仏教の名前を冠する以上。

 スマナサーラ長老は、ブッダの実践心理学5(サンガ)169頁で、「最高に罪が重いのは、邪見です。」と仰っておられます。これは、真理ですから、どの宗教、宗派であろうが妥当するお言葉だと思います。
 
 影響力が強ければ、それだけ多くの方を巻き込むことのであり、罪はより重いのではないかと思います。

 公的な立場の人は注意が必要ではないかと思います。
ヴィーナス
2011/01/17 16:37
上記コメントの言葉は何なんでしょうか

市販されているほんの、紹介をしただけで、このコメントは、何なんでしょうか。

がっかりでやみません。なんでこうなってしまうのかなと、

このブログで、長老のご本を紹介されていて、そのご本を初めて知った人は、有り難うとか、感銘を受けましたとか、コメントしたい人いっぱいいるはずなのに、

やっぱり僕の独りよがりなのかなー

「紹介されたご本買ってみました」「ご紹介ありがとうございます」なんてコメントできやしないんじゃないかなー

僕は、ここにコメントで上がってこなくても、素直に、読んで、自分で買ってみようという方が、必ずおられると思います

その点では、最高のブログです

才木広之
2011/01/17 19:45
 さらに調べてみました。

 佐々井秀嶺氏は、アンベードカルという人が自己流に解釈した仏教を伝えておられるようです。
 
 アンベードカル氏は、涅槃を中村元先生の如く、「ブッダは煩悩をなくしたのではなく、その都度抑えることができたのだ」という立場から、仏教を伝えたようです。

 アンベードカル「ブッダとそのダンマ」にその記述があるようです。(http://cyberbaba.blog57.fc2.com/blog-entry-50.html のコメント欄に引用文あり)
 
 このような自己流解釈につきましては、「仏教と脳科学」(サンガ270頁以下 有田 秀穂氏との対談本)において、スマナサーラ長老が初期仏典に合致しないとして切り捨てておられますので、興味がある方は一読して頂ければと思います。
ヴィーナス
2011/01/17 19:55
僕ならこう書くね

あんさん。こんばんわ。

ご紹介のご本は、私も以前買って一度読みました
解説が長くなかなか難しそうですね
私はとりあえず、法句経一日一話のほうに取り組んでいます
もう5年ぐらい取り組んでますが、気づかされることが毎回あります。

いつか、1日1悟に取り組める日が来ればいいなーと思ってますがとりあえず私は、1日1話読み続けます。

これからも、楽しみにしてます。



才木広之
2011/01/17 20:05
>自分のわがままで生きることはできません。

「自分は生命のネットワークの一部」という意識を常に持っていたいものです。
その意識があれば、「我がままはまずいなぁ」って思えるんじゃないでしょうか。

生きとし生けるものが幸せでありますように


358
2011/01/17 20:12
それぞれにそれぞれの意見を言う

それでいいと思うのですが

新さんも、ヴィーナスさんも、慈悲と智慧さまも、358さんも、才木広之も、それぞれの意見を言っている

それでいいのではないでしょうか。どれが正しい、どれが間違いと決めなくとも、それぞれの意見、でいいのではないでしょうか

才木はバカだと、言う人がかりにあれば、それは、それでその方の意見で否定はしませんそれによって私がばかに変化する訳ではございませんし。私を仮に賢者だという人があってもそれはそれでその方の意見で否定はしませんそれによって私が賢者に変化する訳ではございません

それぞれの意見を言えばいいと思います
才木広之
2011/01/17 20:21
それが出来るのが、仏教を学ぶものだと思います

のうのうと幸せボケで生きている、人間とは違うのですから
才木広之
2011/01/17 20:23
なお私はうそは書きませんから、

オチャラケて冗談ぽくかくコメントも真剣勝負で

事実です
才木広之
2011/01/17 20:35
生きとし生けるものは、幸せでありますあように

もう一つ書いておくなら

我を認め合って、よしよし、よしよし、わかる、わかるとお互いやりあってるのが、のうのうと幸せボケで生きている人間です

生きとし生けるものが、幸せでありますように
才木広之
2011/01/17 20:44
ブログ管理者様へ

私は、そのままの気持ちをこうしてお書きしています

私はいたるところで、投稿制限もうけてきました

それはその方の最大の意思表示であり、意思表示があったことに対して、すごくうれしさも感じたりする僕です

私の投稿が、嫌であれば、投稿制限をしてください。

それによって私の何かが変わるわけではありません

私は事実として、今ここに、感情を持った私がいるだけのことです

その感情を、書き込みされたくないと思われたならば、投稿制限をしてください。それによって何ら私が、変わる訳では御座いませんので。あなたの一存で私のコメントが不要ならば投稿制限をしてください。それは普通の意思表示だと私は思います。

才木広之
2011/01/17 21:04
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