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zoom RSS ★生命は痛みでつくられ、心がそれを感じる

<<   作成日時 : 2011/05/17 06:14   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 6 / トラックバック 0 / コメント 3

身体に生まれる感覚は、実は痛みです。
この肉体にある感覚も、たった一つ、痛みだけです。
どこでも触ってみてください。

何が生まれるのか。


すべての感覚は痛みだけです。
痛みがないと生きていられません。
私は何もそれが悪いことだと言っているわけではありません。

たとえば、目玉をかくといい気持ちになるのだとしたら、どうなりますか?

人は目玉をかき続けることでしょう。
快感に支配され、やがては目が壊れるでしょう。

もし、手を壁にぶつけて快感が生まれるなら、血が出て、肉が裂みけて、骨が現れても、
止めることは出来なくなります。

ですから、生命はすべて痛みでつくられています。

心とはその痛みの感覚のことです。

生命は、肉体という物質に、痛みを入れて練られています。
ですから、細胞の一つ一つの中に心があり、痛みがあるのです。


パンやお菓子をつくる際、小麦粉にお湯を入れて練るでしょう?

そして、よく練られたものは、どこにでも水分が行き渡っていますね。

それと同様に、身体中、痛みという感覚で寝られてできているのです。
画像


★我々は痛みを変換し続けている


「そうは言っても、快感というのもあるではないか」と、みなさんは疑問に思うでしょう。

痛みだけといっても、にわかに信じがたいでしょう。

それはどういうことかと言いますと、


我々は痛みを変換する、つまり入れ替えるからです。


たとえば、立っている痛みは座る痛みに、座った痛みは散歩する痛みに、
お腹が空いた痛みは食べる痛みに、食べた痛みは食べない痛みにと、
我々は痛みを変換し続けているのです。

そして、痛みを入れ替えた瞬間、「気持ちいい」と感じます。

結局は錯覚なのです。

特別に楽しいという感覚はありません。


Aという苦しみが突然、Bという苦しみに変わるだけです。

AとBの間はありません。
そのあたりをおおざっぱに「楽しい」と言うのです。





「自立への道」<P204〜P206>
A・スマナサーラ長老著書より

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
四念処経によれば、
感覚には
快、不快、どちらでもない
の三つがあり、それを観察するとありますよ。
( ̄^ ̄)ゞ
2011/05/17 06:22
そうですね。サティで観察する
「今」だけの感覚の分類としては
そのように3つに分けることが出来ると思います。

お釈迦様の真理からみると
究極的には「苦」になっていくという
意味合いだと理解します。

快感と感じることもずっとずっと
続くわけではなく、突き詰めると苦に
変わっていくのを観察してみると
良いのではないでしょうか?

快感を味わって味わって疲れてきた処で
他の何かに置き換えていないでしょうか?

生きとし生けるものが幸せでありますように
あん
2011/05/17 09:27
こんにちは。

ダンミニー様の『テーラワーダ普及委員会』の法話No.315。も参考になるかと思います。

〜生きとし生けるものが幸せでありますように〜

2011/05/17 19:16
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