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zoom RSS ★イチかバチかで生きる人生(その3)

<<   作成日時 : 2011/06/11 08:24   >>

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煩悩・感情を繁殖させる生き方で、心は汚れているばかりです。
理性がない心でものごとを判断しても、その判断は客観的に見ると
正しいとは言えないのです。


しかし自分は、間違った判断をしたつもりはないのです。

それでも、自分の判断に世界は賛成しないのです。

自分が好きなものを嫌う人々は、いくらでもいるのです。

一人が個人で、主観で、達する判断に対して、
世界は批判を持つのです。


しかし私たちには、批判だけに満ちている世界で、平安に生きていられないのです。

自分の判断を誰も認めないということは、無視するのです。

勝手に判断して生きるならば、世界は一斉に批判するのだと覚悟して
おかなくてはいけないのです。


その覚悟はないから、社会から非難されると、評価してもらえないと、認めてもらえないと、
さらに煩悩が混乱するのです。



無知と一緒に、怒り、落ち込みなどの煩悩が、急激に増えるのです。

それから、その強化された煩悩で次の判断をするから、
前よりも批判を受ける判断になるのです。

人間のこの自然な生き方は、たいへんな問題なのです。

幸福に生きることは縁のない生き方なのです。


画像


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次に人の行動について、少々考えてみましょう。

判断してから行動するのです。
判断がよくないならば、その行動の結果もよくないのです。

私たちは何か失敗したら、期待した結果が出なかったら、
判断を間違ったことに気づくのです。

それは何の役にも立ちません。

子供が不良になったら、母親がよく言う話です。

「私の育て方が間違った。子供に厳しすぎでした。甘やかし過ぎでした」
などなどです。

今更どうすることもできないでしょう。

金融会社が負債を抱えて倒産することになってから、
役員たちは判断が間違ったことに気づくのです。
しかし、もう遅いのです。

行動するときは、前の判断に頼るのです。
しかしその判断が正しいか否かは、結果が出るまで分からないのです。

ですから、ほとんどの人々は、

イチかバチかという態度で生きることになってしまう。


イチかバチかという言葉は、判断は頼りにならない、という意味なのです。
何をしても、結果はどうなるのか分からないので、
自信が無いのです。

人は皆、自分の人生に対して自信を持てないのです。
ですから、「明るくて活発」に生きる人の場合も、

「やってみなければ分からない」

という曖昧な人生になるのです。

これも例外はないのです。
幸福に生きることとは、縁のない生き方なのです。
<つづく>


2009年9月パティパダ「巻頭法話」
A・スマナサーラ長老

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
続きの御説法が、楽しみです。

結果は、後で出るもので、行動を起こす前に、結果が出てるということは、ありえないということですね。

なのに結果がわかった様な期待を持って、生きているのかなー。

恋愛にしても、その時しかなく。今の行動の結果は、どうなるものかわかったものではないですね。

だったらどう生きたら幸せな心で生きていけるんでしょうね。明日が楽しみです。
才木広之
2011/06/11 11:38
 パティパダー西暦2009年9月号の表紙の写真は、スダンマ長老撮影ということは御存じでしたでしょうか?

 ところで、私のブログで、微分法の記事をもう一つ書きました。内容的には小学生でも理解できる内容にしています。
 
 で、これで微分法は理解できると思います。
 
 多分、スマナサーラ長老・スダンマ長老の御力が働いています。私ではここまでの内容は書けません。

 小学生でも理解できる内容で最高度のことを説明できる、そこに大賢者の力を推測することができると思います。

 なので、http://tokuwotumu.at.webry.info/201106/article_4.htmlと前回記事を読まれれば、微分法は分かると思います(ただし、怠けてめんどくさいなぁという感じで読むと理解できません)。

 何で、スマナサーラ長老が御力を貸してくださるかというと、「有身見」の記事で私が述べたスダンマ長老がおられれば、大震災も今までどおり起こらないようにおさえておられたであろうし、協会の中心におられるしかるべき立場の方が、三顧の礼を尽くしてスダンマ長老をお迎えすれば、今後事態は好転することが予想されるという論をトンデモ理論としないためだと思います。

 それから、有身見の記事とその前の藤木英雄先生の記事が本丸なのだと思います。後は、煙幕的なところもあると思います。
ぶんぶん
2011/06/11 13:16
 上の私のブログは既に廃止しています。

 6月30日(木)の朝日カルチャー講義において、スマナサーラ長老がこのような説法をされました。私の記憶に基づいて要約したものです。
 
 サーリプッタ尊者のお弟子様の子どものお坊様が、冥想をしていて悟りそうになっている。しかし、正午が過ぎようとしている。食事の時間が過ぎてしまう。
 
 そこで、サーリプッタ尊者はお釈迦さまに相談されて、お釈迦様は、それだったら太陽(パーリ経典の記載)を止めればよいと仰られ、太陽の動きを止めた。
 
 しかも、サーリプッタ尊者とお話をされながら止めた(つまり、特別に坐って冥想状態に入られるようなこともなく止めたということです。仏陀、阿羅漢聖者は完全に煩悩が消滅していますから、瞬時にサマーディ状態に入って特別な能力を発揮されることが、いとも簡単にできるのだと思います。特に仏陀は。)。

 このような説法でした。事務局長がスマナサーラ長老に突っ込みを入れてましたが、多分、それはスマナサーラ長老の御威光(ご意向)だと思います。

 スマナサーラ長老が事務局長に期待されていることが何であるかは、あんさま、新さまなどにはお分かりのことと思います。

 個人的には、既に現時点でもメルトダウンを起こしているわりには被害は少ないと思います。何らかの御力を使われていると観るべきだと思います。

 しかし、より事態を好転させるには、しかるべき立場にいる人の勧請が必要だと思います。

 慈悲と智慧様のhttp://ameblo.jp/jihitotie/entry-10927386164.htmlの記事とそこにおける私のコメント(特に9番目のコメント以下)もお読み頂ければと思います。
 本物の仏陀の教えを守るにはスダンマ長老が必要であるという本来の話も忘れてはならないと思います。
ぶんぶん
2011/07/03 19:13
ぶんぶんさん。

私もその場にいたのでピンときました。

慈悲と智慧さんのブログはこっそり読んでます。

2011/07/04 04:40
補足) 新さん。

 太陽は『核反応』を起こしています。原発も『核反応』です。
 
 だから、あのエピソードを選ばれたというのが一つの理由だと思います。

 もう一つは正午過ぎの食事にならないようにした話であることがポイントだと思います。これは「作務」に関連する話です。
ぶんぶん
2011/07/04 16:51
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