幸せに生きる〜ブッダの智慧から学ぶ〜

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zoom RSS ▲念処経講義

<<   作成日時 : 2011/09/02 06:50   >>

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◎私を知ることに智慧と言う
この身・受・心・法の4つを観ると
私たちに何が分かるのでしょうか。

この身体、身体の感覚、そして心、という3つは、
私と名づけられる全てです。
その3つを観察することは、私を発見することになるのです。


主観的・偏見的な観察と違って、客観的な観察なので、
私とは何かと、ありのままの事実として発見するのです。

自分を調べただけで全てを知ったとは言えないでしょう。

という異論は成り立ちます。
しかし修行として観察を実践する人は、

1、自分のこと
2、他人のこと
3、自分と他人を含めて、

という3つのステップで観察するから、問題はありません。


それから、現象に関する法則を発見するのです。
それは、全てを発見したことなのです。

智慧が現れているのです。

画像


◎如価値観は真理の敵


Satiの実践に入らない、関係がない対象は一つもないのです。
気づきの実践で、全ての現象の本来の性質を発見できるのです。
智慧が現れるのです。
この観察方法は、普通の人々の観察方法とは違います。

普通の世界の観察には、価値観は欠かせない条件です。
価値が無ければ観察はしないのです。

価値はプラスでもマイナスでもよろしいのです。

日本海に天然ガスがあるかと観察する場合は、
プラスの価値です。

価値があるからこそ調べるのです。

放射能が身体に与える影響は、マイナスの価値です。

ですから、放射能はどの程度に身体に悪影響を与えるのかと
観察するのです。

放射線が身体に何の影響も与えないならば、
その観察はしないのです。


観察するために価値が必要です。
価値とは、

世の中でいちばん曖昧で、何の定義もできない概念なのです。



ナポレオン3世の時代では、アルミも貴金属の一種でした。
ガラス製品も宝物だと思われた時期もあったのです。

日本の将来は原子力にかかっていると思っていた時期も、
原子力は損ばかりだと思う時期もあります。

先祖代々のお墓なので大事に守る場合も、
墓石を処分してその土地で駐車場かビルを
建てて金儲けする場合もあります。

価値観はあてになりません。

科学者の研究も、価値観があって行うものです。

ですから、
価値観を基準にする観察は、貪瞋癡、怒り、嫉妬、憎しみ、争い、
苦しみを生産するのです。


価値観にもとづいた観察で、人はより高度な無知に達するのです。




修行として気づきの実践をする場合は、
価値観を基準にしてはならないのです。
心に怒りが生まれたら、怒りが起きた、と気づくのです。

しかし、「怒りは嫌だ、怒るのは当然だ、
心を清らかにしようとしたところで怒りが起きたので

私はダメな人間だ」などなどの価値観は絶対禁止です。

気づきを実践すると良い気持ちになりました、心が落ち着きました、
楽しくなりました、などの価値観も禁止です。


価値観とは、良い・悪い・高い・安い・善・悪、好き・嫌い、
ほしい・いらない・敵・味方、苦・楽、などの虚妄分別なのです。


二分化することです。
虚妄分別は、無知への道です。

智慧ではありません。
価値観は智慧の敵なのです。





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念処経講義 ブッダが説かれた「気づき」の実践方法
A・スマナサーラ長老
B.E.2555/A.D.2011 9月号より 引用いたしました。

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