幸せに生きる〜ブッダの智慧から学ぶ〜

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zoom RSS ◆無常の観察が穏やかに生きる秘訣(前半)

<<   作成日時 : 2011/10/22 23:56   >>

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「今日一日だけでも幸せに生きられれば十分ではないか」と言うと、すぐ「暗い」と言う人がいます。
「なぜあなたは、そんな夢も希望もないことを言うのだ。
 人生は八十年、九十年ではないか」と反論する。
なにごともなく九十歳を越えて確実に生きていられるはずだ、
と思っている人々の意見です。

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意見といっても、理性にもとづいた意見ではなく、たんなる
願望をあらわす感想です。

しかし、「八十年生きるぞ、百年生きるぞ」と考える人は、
すごく悪いことばかりするはめになる。

性格はどんどん歪(ゆが)んでいきます。

おまけにものすごいケチで、なににでも激しく執着する。

だって、八十年も食べていかなければいけないのだから、
物もお金も貯(た)めて貯めて置いておかなければいけない
でしょう。

小さな損が起きても、イヤな気分になる。

人がちょっと失敗をしても、決して許さない。

ずーっとその恨(うら)みを持っている。

けんかをする。

そして、わがままで、傲慢(ごうまん)。

なかなかいい人間にはならないのです。

このような性格になると、自分自身も苦しいし、
他人にも嫌われるし、親しい人びとからも親切に
されないのです。

楽しみのひとかけらもない人生を、それでも八十年以上も
つづけたいと思っている。

反対に、「せいぜい一日だけ生きていられればいい」と
思う人は、怒りも苦しみもなく、すごく穏やかです。


「たった今日一日だけだから、落ち着いていましょう、
仲良くしましょう」という理念で生きている。


人がなにか欲しいと言ったら、
「どうぞ、持っていってください」と言う。

人がなにか「助けてください、協力してください」と言ったら、
「いいですよ」と、気軽に協力してあげる。

多少、身体の痛みや苦しみがあっても、「まあ、どうってことない、
一日だけだから」ということで、心はとても穏やかになる。

肉体の苦しみに決してめげない、こころの幸福がある。

罪は犯さない。

花が咲いているように生きていられます。

そういうことですから、「人間は、いつ死ぬかわからない。

今日死ぬかもしれない」というふうに、無常(むじょう)を
観察して生きていると、それはすばらしいことなのです。


それは、事実をありのままに観(み)ることです。

自分をごまかすことも、騙(だま)すこともありません。

※次回、後半に続く

「幸せを呼ぶ呪文P.17〜23」
アルボムッレ・スマナサーラ長老著書

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