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zoom RSS ★「自分さがし」は最後に自分を見失う

<<   作成日時 : 2012/05/11 22:13   >>

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「自分さがし」をしているという人に最近出会うことが多くなりました。
しかし、よくよく考えてみると自分をさがすというのは
かなり不思議なことです。
今ここにいるあなたは自分でなくて、何なんでしょう?
どんな姿をしていようと自分は自分です。
どんなにダメでだらしなくても、まぎれもなく自分です。

そんな自分から目をそらしても
何もうまれてはきません。

今ここにいる自分とは別のとことに、
違う自分がいるなんて幻想にすぎないのです。



自分さがしをしがちな人は、そもそも我が強いのです。

我が強いと、外の世界を無視して自分の内側ばかりを向いて
ものごとを考えがちです。


そういう人は、自分はこうしたい、こういうものが欲しい、
こうなりたいと、自分のことを盛んに主張します。

だから必然的に攻撃的になってしまう。
そうなると周囲と絶えずぶつかるし、結果的には自分が壊れ、潰れていきます。




自分さがしというものは、実は、そうやって壊れかけた自分を認めたくないから、
そこから目をそらす手段として出てくるものだとおもいます。


画像




反対に外の世界ばかり見る外向きの人はどうでしょうか。


そういう人は、外の世界に合わせることにとらわれているため、
自分をないがしろにして生きているのです。
ちゃんと自分が育まれてないわけです。



内向きの人は自分が潰れるし、

外向きの人ははじめから自分を無視している。


両者とも、自分というものが成り立たなくなっているのです。


そうして自分を見失う、という結果になるのです。

・・・・・・省略・・・・




つまり、自分という存在の価値は、
自分ひとりだけでは成り立たないのです。


自分以外の人と、言葉や体を使っていろいろコミュニケーションすることで、
自分という存在が浮き上がってくる。

自分とう存在は、他人の存在があってこそはじめて成り立つわけです。


ホログラムという三次元立体映像があります。
この立体映像は、空中で見えます。

しかし触ってみると、何もないのです。
映像そのものを成り立たせる条件が少し変わっただけで、瞬時に消えてしまいます。



自分という存在の成り立ちはこのホログラムに似ています。
あるようでないものだし、ないようであるものなのです。

そう考えていくと、なぜわざわざ自分さがしをしなければいけないのか、
不思議に思えてきます。



すでにあなたは家庭や職場で、いろいろな人との交わりの中で
自分というものをつくりあげて、自分を生きているのです。


「自分さがし」に悩んでいる人を見ると、
「この瞬間にあなたは自分という存在を感じることはできないのですか?」
と聞きたくなります。




そんな現実ばなれした思考を続けていると、「自分を守る」という、
人生でもっとも大事なことがおろそかになってしまします。

それに気づかないために、さまざまな問題が次々と起きてくるのです。
そして問題が起きるとますます自分を見失って、あてどのない自分さがしに
はまっていくことになるのです。




【小さな「悟り」を積み重ねる】より抜粋しました。
A・スマナサーラ大長老






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