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zoom RSS ★観察能力で無智を狙い撃ち

<<   作成日時 : 2012/07/05 22:06   >>

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このように無智を治すには、理性が必要です。
理性とは如理作意ともいいます。
善行為と理性をセットする方法については前に説明しました。


理性を育てる方法は別な言葉に言い換えれば、
「よく物事を観察して行いなさい」ということになります。


ですからいままで説明した無智を破る方法をすべてまとめて、


ひと言にするならば、それは「観察すること」です。
「気づくこと」だともいいます。


物理的なこと、世界のこと、肉体のこと、心のこと、
感情、感覚、思考、直感、などなどそれら一切の諸々の現象を
客観的に観察するのです。
物理的なことをいっているようですね。
そうではありません。

それも観察してみましょう。

いまあげた諸々の現象というのは、


結局すべて眼耳鼻舌身意という
六つの感覚器官(六根)のどれかに入る情報のことです。

六つの感覚器官から入ってくる情報(データ)に気づくことなのです。



客観的に観察するのです。


気づくことが、観察することが、
解脱に達する唯一な道であると説かれているので、
「観察とは無智を狙い撃ちする方法だ」といえるのです。


しかし、観察能力のない人が突然「眼耳鼻舌身意に入る
すべてのデータをそのまま観察しなさい」といわれても、

それは子どもにオリンピックの試合に参加しなさいというようなものです。

ですが「子どもにはオリンピックに参加することは不可能だ」といってはならないのです。

訓練してその資格をそれば参加できます。


ですから仏教は観察能力を育てる訓練を教えているのです。


観察訓練をして腕を上げると瞬間、瞬間、感覚器官にデータが触れることに
気づくことができるようになります。


ポイントがあります。


感覚器官に大量にデータが入って、合成したところで認識するのでは、
能力のない一般人のやり方です。

それは無智のやり方でもあります。

感覚器官にデータが入った瞬間で合成になる以前、
観察能力でキャッチすることができれば、ただちに悟りに達することはできます。


そういうことで観察の訓練をする必要があると理解しておきましょう。

画像



「諸々の現象を客観的に観察する気づきの実践」により、
われわれは「苦集滅道」の四聖諦、因果法則、無常・苦・無我など、


ブッダによって発見された真理を自分の力によって発見します。
これら真理を発見すれば、もう無智の接着力はぜんぶなくなります。



煩悩という絵の具(顔料)の粉は、もう心にくっ付いていることはできません。
ただの粉、埃のように落ちてしまいます。


それらの埃が心に付着しようにも、もう無常という接着剤がないので
どうにもなりません。


真理を発見するとはそのように、心の接着剤がなくなるということなのです。



仏教では、煩悩に「埃」という単語を堂々と使っています。
煩悩というのは埃ですから、心に無智という接着力がなければ
もう付くことはありません。
安心です。



これが無智の壊滅、無智の破壊です。


<P167〜P169>


【バカの理由】A・スマナサーラ大長老

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