幸せに生きる〜ブッダの智慧から学ぶ〜

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zoom RSS ★「心の成長」に不可欠な条件

<<   作成日時 : 2012/08/17 15:53   >>

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成長には順番があるのです。
こころの成長にも順番があります。
それは当然のことです。
まず、「自我・私がいるんだ」という実感にヒビを入れないといけない。
そこからさらに冥想して、感情・煩悩が無くなっていく。

自我を破ることは、自分で踏んばってやらないといけないのです。


自我は脳がつくる錯覚です。

生存欲を維持するために必要な錯覚なのです。

釈尊がおっしゃっているいるのは、その錯覚を破るプログラムです。

智慧が現れれば、あとは自然に煩悩が消えていきます。
挑戦的に、ぶつかってくる人は早いのです。

修行できない「いいわけ」も、渇愛がつくるのです。


覚れるのだ、幸福になれるのだという希望だけは捨ててはいけない。
できないはずはないんだと。

仏教はパンダやトキみたいな存在になってはいけないのです。

保護された特殊な環境でしか実践できないということはないのです。

仏教とはそんなちっぽけな教えですかね?


画像



釈尊は初転法輪のあとで、比丘たちに
「すべての人間の幸福のために歩きなさい」
と命じられたのです。


あれだからできない、これだからできない、というのはいいわけです。
世の中にはそういうものもあります。

アメリカに行ったほうが英語は身につきますが、科学はそうではない。
生命の科学はそうではない。
自分が生きているんだから、それで十分です。

誰でも覚れるというのは、ブッダの教えにのっとった答えです。
覚れない人は、実践しない人です。
または、自分の迷信・思考にしがみついている人(邪見者)です。



経典で「今生で覚れない」とされているのは、
今生で親を殺した人とか、ブッダを傷つけた人とか、
ふつうはあり得ないようなケースだけなのです。

しかし、このような悪を犯す人々はとても稀でしょう。

ということは、みなに心を成長させることが可能なのです。
失格のひとはいません。
一人ひとりが自分の意思で挑戦すればよいのです。



他人の力で覚らせることはあり得ないのです。
子供に教えることはできますが、理解させることは不可能です。
子供が自分で理解しなくてはいけないのです。




ですから、以上説明した注意点に気をつけて
挑戦してみればよいのではないでしょうか。

<P28〜P30>



ティパダー A.D.2012 8月号より抜粋
A・スマナサーラ大長老

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