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zoom RSS ★正業・・・八正道C正しい行為

<<   作成日時 : 2013/04/28 14:57   >>

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正業という言葉を見て、「正しいカルマ(業)」のことだと考えるのは、誤解です。
パーリ語はsamma-kammamta(サンマーカンマンタ)です。
カンマンタとは、やること、行うこと、為すこと、という意味になります。
いわゆる行為のことです。
行為といえばいろいろです。
生きること自体が無数の行為のかたまりです。


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しかし、座ったり、立ったり、歩いたり、横になったり、笑ったり、
泣いたり、食べたり、飲んだりする行為は、個人が自分の意志で行うものです。

一つひとつの行為について正しいか否かを判断しながら生きることは、
結構たいへんではないか、と思われるでしょう。
それはその通りですが、実行してみればいかがでしょうか。
みるみるうちに身体も心も落ち着くだろうと思います。
みんなにも好かれるようになるでしょう。
他人に認められる、信頼される人間になり、自分の人生はとても楽に
流れるようになるでしょう。
集中力の高い人間になるでしょう。

正業の実践法

1)不殺生・・・他の生命の命を奪うことだけは、決してしない
2)不偸盗(ふちゆうとう)・・・盗みはしない、という意味です。


「与えられてないものを取ること」と言います。

人間は衣食住を得るために、仕事をしなくてはいけないのです。
より贅沢に生きていきたいと思うならば、
自分で働いて、収入を得なくてはいけないのです。

生命はみずからの業によって生かされているので、生きるために
必要なものは業が用意してくれるはずです。
しかし人間の場合は、それがタダではないのです。
仕事をしれば、必要なものはそろいます。
人間がみな、平等で豊かではない理由も、ここにあります。
仕事は重労働なのに給与が少なくて何とか命をつないでいる人もいるし、
ラクラクに仕事をして使いきれないほどの収入を得る人もいます。
好きな仕事に就く人も、嫌いな仕事をやらなくてはいけない人もいるのです。

人は誰でも何かの仕事をして、自分に必要な品物を得なくては
いけないということです。

仕事をしたならば、業が用意している力に合わせて、
必要な品物を得られるのです。

ですから、余計に欲張って無理をしても、自分が期待するほどの収入が
えられないこともあると覚悟しなくてはいけません。

仕事をサボっているのに、給料だけたっぷりもらおうとするのは、
与えられてないものを取ろうとすることです。

経費を水増し請求することは、偸盗です。
残業したならば、残業手当をもらうことが正しいのです。

「与えられていないものを取る」という項目は、


相当な深い意味をもっているのだと理解してほしいのです。
この項目を守るだけでも、正業になります。
清らかな生き方になるのです。


画像


正業の実践法
3)不邪淫・・・三つ目は不邪淫です。
これは性行為のことです。

性行為は子孫を作るためにできているカラクリなのです。
その結果、子どもが生まれます。
ですから、「それで終わり」ということにはなりません。
自分が作った子ども、自分の子ども、自分のいのちの一部、
という愛着があらわれるのです。

その愛着が次に活動します。


この基本的な本能まで、愛着がからんでくると変わってしまうのです。

ですから、性欲とは、子孫を作らせるために与えらている麻薬のようなものです。

性欲そのものが理論的なものではなく、生命が生き延びるために欠かせない
ものでもない、ということです。

性欲を満たせなかったからといって、健康には何の障害もありません。

しかしこれが麻薬なので、「どうしても性欲を満たしたい」という気持ちが起こるのです。
そこで人間だけが、「性欲をみだりに満たして遊びたい」という気持ちになります。

感情のままで生きることになります。
肉体に極力依存して、肉体の刺激以外何もいらないという気持ちにもなります。
人格向上も、心を清らかにすることも、正しく生きることも、不可能になります。


夫婦の性行為は子どもが生まれても生まれなくても邪淫にはなりません。
互いに心配する約束があるからです。

瞑想して心が身体に依存している状態を乗り越えないかぎり、
性欲はなくなりません。

身体が衰えると、自然法則であるならば、性欲がなくなるはずです。


しかし性欲は麻薬なので、心にはげしく影響を与えます。
人間の性欲は、肉体的要求というよりも精神的な欲望になっているのです。

無数の行為を絶えず行うことが、生きることです。
意図的に管理不可能な行為もあるし、自分の意志で行う行為もあります。

そして、自分の意志で行う行為に対しては、正しい行為と正しくない行為という
二つが成り立ちます。

正しい行為をすることが、正業になります。

しかしこれがあまりにも膨大で、ふつうの人には実行できない話になります。
ですから、正業は@不殺生、A不偸盗、B不邪淫という三つに分けて説明しているのです。


正業という項目を学んだだけでも、仏道は人間にどれほど高度な生き方を
示しているのか、と理解することができると思います。

<P157〜P171>


「これでもう苦しまない」アルボムッレ・スマナサーラ大長老の著書より抜粋致しました。

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