★「知っている」と思う者が愚か者

もしも愚か者が、
みずから愚かであることを知るならば、
すなわち賢者である。

愚か者でありながら、
しかもみずから賢者だと思う人こそ、
愚か者だといわれる。(六三)



愚か者とは、どのような人をいうのでしょうか。
「私は知っている」と思っている人が愚か者です。

「私は知らない」という人は愚か者ではありません。

「わたしは知っている」「わたしは正しい」と思っていたら、
もはや成長はありません。



「わたしは正しい」という思いにつつまれていたら、他人のことばには
耳を貸しません。
自己の振る舞いを直そうとも思いません。



「わたしは知っている」という人には、教えてくれる人はあらわれません。
「自分は仕事ができてすごいのだ」と思っている人には、
協力する人があらわれません。

そういう人は、いつかかならず失敗してしまいます。
「わたしは知らない」「わたしは正しいわけではない」
と思っているところに成長があるのです。


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「自分は、どこかで間違いを犯すかもしれない」と思っていれば
気をつけて生活できるでしょう。


人に批判されたとしても、「それもそうだ」と納得がいくものです。
人になにか言われて腹が立つのは「自分が正しい」と思っているからです。



「私は知らない」と思えば、「これはどうやるのでしょうか?
教えてください」と訊くことができます。
すると、みんな親切に教えてくれます。
自分は未熟だということに気がついていれば、人間関係は
円滑になっていくものなのです。


自分は愚か者だということに気が付いている人は、日々学びます。
その人は、けっして愚か者ではありません。


※愚か者は、自分にありもしない尊敬を得ようと願う。
 修業僧のあいだでは高い地位を望み、増院にあっては支配権を望む(七三)




愚か者の特徴は、自分が賢者に見られたいということです。
そういう人に限って有名な先生につこうとします。
偉い先生のそばにいることをありがたがるのです。


「自分はすごいぞ、知ってるぞ」と見せかけるために、
賢者のそばにいます。

朝から晩まで、先生につきっきりでいるのです。
「わたしは、あの大先生の弟子です」と言いたいのです。
見栄を張って威張ろうとします。

しかし、いくら立派な先生のそばにいても、賢者に見られたいという
気持ちでいたならば、なにも学ぶことはありません。

「わかりたい、学びたい」という人は、
ほんの少しでも真理に触れたならば、すぐにそれを理解することが
できます。。
あたかも舌の先がちょっとでもスープに触れたら、その味がわかるように。


「自分はなにも知らない」として学びつづける人は、
かならず花が咲きます。
人はいつ学ぶのが終わるかというと、それは死ぬ瞬間です。
「学ぶのは死ぬまで。教えてもらうのは死ぬまで」。


インドにはそういうことわざがあります。



「ブッダの教え一日一話」
A・スマナサーラ長老著書<31>P122~P125 より

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