○静止しつつ、流れつづける水(1)

◆生きた仏教の教え
アチャン・チャー
静止しつつ、流れつづける水(4)
ダンマ(法)は遠く離れたところにあるのではありません。
私たちと共にあります。
ダンマは天界など高次元の神々についてのことではなく、
まさに私たちについて、たった今
私たちがやっていることについてのことです。


ご自分を観察してみてください。
幸せなときもあれば苦しいときもあり、楽しみがあれば
痛みもあり、愛情もあれば憎しみもあるでしょう。
こうしたことがダンマです。

このダンマを理解すること、そして自分が経験している
諸々の感覚を理解することが大切なのです。
(前号から続きます)


「このガラスのコップを割らないで!」と、人は言います。
でも、割れる性質のあるものを、割れないようにすることは
できるのでしょうか?

たとえ今割れなくても、後で割れるでしょうし、
あなたが割らなくても、ほかの誰かが割るでしょう。


ほかの誰かが割らなくても、ニワトリか何かが割るでしょう!


お釈迦様は、このことを理解してください、と教えられました。


お釈迦様は、ものごとの本質を鋭く洞察して、


「コップはすでに割れている」と見ていたのです。


私たちもコップを使うときはいつでも、コップはすでに割れている、
と考察すべきです。

おわかりになりますか?

お釈迦様の理解は、このようなものでした。
お釈迦様は、

割れる性質があるコップに、割れたコップを見ていたのです。
時がたてば、コップは割れます。
この種の理解を育てることが大切なのです。


//////////////


ダムをつくるときは余水路もつくらなければなりません。
水位が上昇して水が縁まで満杯になったとき、水路口を開けます。

そうすると、水は溢れることなく水路口から安全に流れ出る
ことができるのです。

私たちも、このような安全弁を持つことが大切です。

「無常」ということが、賢者にとっての安全弁です。
この安全弁を持っているなら、心にやすらぎがあるでしょう。



立っているときも、歩いているときも、坐っているときも、
横になっているときも、気づき(サティ)を絶えず用いて
観察し、心を守ってください。



このとき、心の落ち着き(サマーディ)と智慧があります。
サマーディと智慧は同じようなものですが、その側面は
異なるのです。



「不確実」ということを明確に見えるなら、「何が確実なことか」
ということが分かるでしょう。

「確実」とは、「ものごとが必ずこのようであり、それ以外は
ありえない」ということです。

おわかりになりますか?

私たちは、「不確実」ということだけを知ることで、
仏陀を知ることができ、また正しく仏陀を尊敬することが
できるのです。

仏陀を拒否しないかぎり、苦しむことはないでしょう。
仏陀を拒否するやいなや、苦しみを経験します。


画像



無常・苦・無我についての観察を拒絶するとすぐに苦しみが
生まれるのです。

無常・苦・無我、たったこれだけのことを実践することが
できれば、それで十分です。
苦しみは生まれないでしょうし、

生まれたとしても簡単に解決することができるでしょう。


さらには、将来において苦しみを引き起こさない原因にもなるでしょう。

苦しみが完全に生まれなくなったところ、そこで実践は終了するのです。


では、なぜ苦しみが生まれなくなるのでしょうか?


それは苦しみを引き起こしている原因(samudaya)が
解決されたからです。
<つづく>


「生きた仏教の教え」アチャン・チャー
Patipada A.D.2011  8月号より


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 10

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
面白い
ナイス