★智慧と善行為<その3>

○調和することは善行為
「生きる」ということは「行為をする」ことで、その行為は
お互いにネットワークをつくって、調和し、補い合い、
協力し合って働くということが決まっています。
そうでなければ生命は壊れてしまいます。


そこで「善行為・悪行為」ということが成り立つのです。

これが最初に出した質問「善行為・悪行為は本当にありますか?」

の答えです。

善行為・悪行為は本当にあります。
成り立ちます。


生きることは行為をすることであり、その諸々の行為が調和して
働いている場合は「善行為」
調和していない場合は「悪行為」なのです。



私たちは毎日ごはんを食べなければなりませんが、
何を、どれぐらい、どのように食べればよいのでしょうか?

ちゃんと調和して食べなければならないのです。
もし「今日は腹いっぱい肉を食べよう」と、
食べすぎて具合が悪くなって病気になった。

これは悪行為です。
調和を壊してしまったのです。


また、おいしいからと言ってチョコレートやケーキなど
甘いものばかり食べていると、調和が壊れて糖尿病などの病気になります。
ですから、欲張って食べることは悪行為です。



仏教は結構厳しいのです。皆さんは、
大胆に他の人々を助けることだけが
善行為だと思っているかも知れませんが、

食事の量を適量に抑えることも善行為です。

食べ物を身体に適量摂ることで、身体はうまく調和を保って
働くことができます。

これが善行為です。多食や偏食は悪行為なのです。
この「調和を保つことは善行為である」ということを理解することが、

智慧です。


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ですから、世の中でやっている
大胆な善い行いだけが善行為ではありません。



どこかの施設にいる子ども達に匿名でランドセルを50個送った。
当然善い行為ですが、善い行為はそれだけではないのです。

では、その人の行為が私たちにとって派手に大きく見えるのはなぜでしょうか?

それは、私たちがあまににも金にべったり執着しているからです。

本当は他人に千円もあげたくないほどケチなのです。


それで「誰かがランドセルを50個も送った」と聞くと、
びっくりしてニュースになり、派手に大げさにそれを報道する。
寄付した方からすれば、自分にはお金がちょっと余分にあるから
子どもたちに何か買ってあげたほうがいいんじゃないか、
とそのぐらいの気持ちでやったことだと思いますが。


善行為は、大胆な寄付行為だけではありません。

自分の身体に必要な量だけ食べること、これも善行為です。

反対に、必要な量よりも多く食べたなら、それは悪行為です。
(次号に続きます)

パティパダー
B.E.2555/A.D.2011