六つの感覚を悟る<その1>

★「知る」という機能の法則を理解できたら一切知者です。
★知る場合は眼耳鼻舌身という6つの感覚器官で知るのです。

★一つも感覚器官がなければ、生命ではありません。ただの物質です。

★感覚器官を通して知る過程を、その法則を発見することが、知る世界の全てなのです。


人の質問やらなんであろうと、てきぱきと答えることが
できるのです。

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では、一切知者になりましょう!

★眼がある。眼に色と形が見える。
 光が見えると思わないでください。

光はまぶしくて見えないのです。
感じたものを知るんですよ。
形が見えるのです。それを仏教用語で色というのです。

たとえば

星をみるのは、眼に触れたあの光のつぶを感じている
感じたのを見ているんです。

だから、皆さんの感じと私の感じは違うのです。
子どもの感覚と私の感覚はちがう

知るのは感覚なのです。

あの星じゃあないのです。
だから人それぞれ知る世界は違うのです。

それぞれ知った範囲で、知った、見えたというのです。




★眼に色が触れる。それを感じる。感じたものを知る

外にあるものをそのまま見えるのではなく、
 
見る人は感じたものを知るのです。
 その「知」に、見えた、視覚と名付ける。

★自分がみたから、その「知」は正しいと思う。
 「知」に対して愛着も生まれる。



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しかし、情報は同じであっても、「知」はバラバラです。


皆で、ざるそばを見ましょう。では、皆さまに同じ認識が現れますか?

食べたばかりの人、お腹が空いている人、飢えているひと、
 そば好きな人、嫌いな人、中国人、ベトナム人、アメリカ人などの認識は同じですかね?

気持ち反応は決して同じではありません。
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★では、誰が正しく見たのですか?
★だれの認識は間違っていますか?
 


だったらなんで、我々はこの知識世界で
こんなに喧嘩しているんですか?


このシステムが解かると、ばかばからしくなるのです。
この法則がわかれば、やすらかにいられるのです。



私がみんなの気持ちを理解してやるぞ、と思ってもできる?
できないでしょう。


だから、余計はことをしてはいけません。
トラブルが起こるのです。



★他人が知るように、認識するように自分にも認識できますか?

★そばを嫌いな人の気持ちをそば好きな人に解かりますか?

しかし、誰も正しくないし、間違いもない。

自分が感じたものを知るだけ。

それは主観です。主観は真理ではないのです。



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だから、余計なことを知ってはいけません。<その1>

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今回から、4回シリーズで長老の法話のスライドと法話内容より
抜粋して掲載いたします。
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【六つの感覚を悟る】~ブッダが説く「すべて」とは~
2006年8月25日東京都渋谷区幡ヶ谷区民会館にて収録