●善友

仏道の目的は完全なる自由(解脱)ですが、実践しようとすると少々、
問題が起きます。
人間は本来、執着のどん底にいるのです。



無明という暗闇のなかに彷徨っているのです。

独りで抜け出すことができるなら、誰でも本来、
解脱に達しているはずです。


しかし、自力で執着を断つことができたのはお釈迦様だけです。


人間なら皆、良いことは他人から学ばなくてはいけないのです。

執着を断つことに決めた人は、誰かの指導のもで
その目的に達しなくてはいけないのです。

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指導者は、普通に欲に溺れて生活する人々に
「生きることは苦に満ちている」と教えてあげなくてはいけないのです。

ということは、解脱に達するまで、
人間関係を完全に断つことは不可能だということです。



欲の仲間は誰にでもいます。
しかし、欲と執着を脱する方法を教えてくれる仲間は稀有なのです。


仏教は、家族・親友などのつきあいは高く評価しません。
それらは執着の仲間です。


もし誰かが生きることの本来の姿(苦であること)と、
執着を脱する方法を教えてくれるならば、

その人こそ真の友人だと説くのです。
善友とも言うのです。



「善友に出会うことができたならば、

仏道を完成して解脱に達するのだ」と、

お釈迦様が説かれたのです。



さらに、「如来こそが人類の善友である」と説かれたのです。




パティパダー 巻頭法話「苦しみをつかさどる執着」
B.E.2555/A.D.2011 10号より