◆いったい幸福とはなんでしょうか?(5)

☆心に「信」があれば幸福です。
これは分からないことをなんでも無批判的に信じる信仰ではありません。
仏教の信は、確信・納得という意味です。


生きるとは何かと仏説から学んで、その教えをそのとおりであると

納得できれば、「信が現れた」ということになります。



ブッダの説かれた教えに納得しなたらば、人間にとっては
それこそ至上の幸福になるのです。


罪を犯さない人間として生きることも、執着・しがらみなどに
悩まない心を持つ事も、解脱を目指して挑戦することも、

「信」さえあればできるのです。

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☆智慧が現れることも幸福です。


お釈迦様は、「不幸・恐怖・危険と言えるものは、


何であろうとも無知から生じるのだ」

と説かれました。


ですから、智慧を育てることは幸福の実現になります。

一切の現象は無常であること、

すべてのものごとは因縁によって一時的にのみ成り立っていること、

現象には永遠に変わらない実体がないことを、

理解することが智慧というのです。





☆「罪を犯さない」ことが幸福です。


様々な幸福論をすべてまとめて一言でいうならば、

「罪を犯さない」ことが幸福なのです。

完全に罪を犯せない人間になれば、解脱に達することです。


しかし私たちには、日々、罪を犯さない人生を過ごすことがいたって
簡単にできるはずなのです。



それぐらいの努力もしないで、幸福になりたいと思うならば、
それは勘違い以外のなにものでもありません。

以上、お釈迦様が説かれた幸福論です。



<P22~P23>パティパダー 巻頭法話「いったい幸福とはなんでしょうか?」
B.E.2555/A.D.2011 11号より