★「愛」にも善と悪のエネルギーがある

お釈迦様は
「人間を幸福にするある心の働きというものがあります」
こういう言い方は言ってみれば心理学的といえるのですが、

お釈迦様はそういう超能力的なパワーを持った人の存在も、
また神さまと呼べるひとの存在についても

いるともいないとも言ってはいない。



「この世のいかなる存在も、ただのエネルギーの働きであって、
このエネルギーは生滅変化しながら流れている働きである。
まあ、それだけのものです」


とも言われています。

人間というエネルギーでの働きが終われば、そのエネルギーはただ消えるだけで
また次に違う働きになるという仕組みになっているだけである。

言うならば、

我々人間の精神の働きとしてのエネルギーが、
我々人間を幸福にしてくれるいい方向へと導く力は、

たしかにそういうエネルギーとして存在すると説かれ、
そのエネルギーを【慈悲喜捨】という四つに分類して説明しているのです。

・・・・・・・・・   ・・・・・・・・    ・・・・・・


そこで仏教では人間の感情を丁寧に分けて考えているのです。
曖昧にならないように、解釈が混乱して本質を見失わないように、
しっかりと定義をしています。



たとえば男性が女性を好きになる愛、
これは仏教では欲の感情であると説明するのです。


これは執着である、貪りという字を当てて表現するのですが、
いわゆるその人のことを独り占めにしたいという感情ですね。
ですからこういう愛は、「お金がすきです」という愛と
何ら変わらないということになります。
お金にしたところで自分のものにしたいわけですからね。


お金や財産を愛しているということは別に悪いことではなく、
その愛によってその人はそれだけ努力もするだろうし、
どんどん豊かになっていくのだろうけども、

その分においては
いいことであってもその反面、その人は精神的に人間として
いろいろなダメージをも受けなくてはならなくなっていくのです。


お金を儲けるために、財産を増やすためにはすごい困難も克服しなければ
ならないだろうし、いろいろな人間との確執が生じたり、あるいは
人生を台無しにする可能性だって大いにあり得ることです。

異性を愛することも別に悪いことではないし、
それはそれで自然な感情の発露ではあるのだけれども、


そのことばかりに捉われていると相手を自分の独り占めにしたいという
基本的な欲求があるわけですから、そこにはいろいろな
混乱やら嫉妬やらから喧嘩になったり、
相手の見えない心のなかをあれやこれや穿鑿して神経質になったり、
トラブルからノイローゼになったりと、

極端に言えば愛欲とか、
金銭欲から殺人にまで発展する場合まであるのです。



ですからそういった問題のある愛というは、《欲》として
ちゃんと区別しているのです。
それは独占欲、所有欲という欲望であって、愛ではありません。



それに対して、そういった感情的なトラブルの何一つも起こらない、
とにかく自分が幸福になるためでなく他人も幸福にしてあげたい、
そういうエネルギーが持ったそういう人のパワーは、
素晴らしい力があるのです。

そのエネルギーがいわゆる《奇跡》という現象を起していくのです。
<P31~P38>

【運命がどんどん好転する】
ただ願うだけでは人生何も変わらない
A・スマナサーラ長老

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