★清らかな心は上方へ

お釈迦様はマハーナーマにこのように言いました。 「(そのように肉体が壊れても、) その人の長きにわたって saddha信(確信)、sila戒(道徳)、suta聞(学び)、 caga施(奉仕)、panna慧(智慧)によって 鍛練されたこころは、上方に超越に赴くのです」と。 これら五つの人格を向上させているなら、死ぬことはた…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

★肉体は毎日毎日、瞬間瞬間変化しています。

肉体は壊れるものなのです。 ここで「壊れる」という言葉に注意しなければなりません。 「壊れる」ということは二つの意味があります。 一つは「悪い状態に壊れる」ということ、 もう一つは「良い状態に壊れる」ということです。 たとえば、筋肉が痛いとしましょう。 これは「悪い状態に壊れる」ということです。 それで…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

★「panna」とは智慧のことです

智慧によって心を育てている、ということです。 智慧というのは、真理の目で物事を見ることで、真理とは「無常・苦・無我」です。 そこで、このことを勉強したり研究したりして、 まず自分で真理を発見しなければなりません。 それから、自分の生き方を変えていくのです。 いわゆる物事を評価するとき、「無常・苦・無我」とい…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

★「施し(施捨)」によって心を育てる

「caga」というのは「施し」で、欲や執着なく、 人々に協力したり、社会のために何かしてあげたりすることです。 「手のひらを握って生きているのではなく、手のひらを開いて 生きる」という文学的な表現がありますが、 いつでもそのような気持で、 長いあいだ奉仕の心を育てるのです。 一生に一度だけ他人に親切に…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

★「学習(聞)」によって心を育てる

「suta」は真理の教えを聞くこと、勉強すること、学ぶことです。 お釈迦様の話を聞いたり、また他の人々の話もいろいろ聞いたりして、 比較対照し、学び、勉強していると、頭の良い人間になっていきます。 七覚支とは何かとか、五蓋とは何か、煩悩にはどのようなものがあるか、 因縁とはどういうものかなど、いろいろ勉強することが必要な…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

★「戒(道徳)」によって心を育てる

世の中には「戒(道徳)を守るなんて、まっぴらごめんだ」 と言う人が、結構います。 でも本当は戒律を守って道徳的な生き方をすることこそが、 人格を向上させる道であり、人の心を自由にさせる道なのです。 心の自由とは何でしょうか? それは、何があっても落ち着いていられる心のことです。 道徳を守って生活していると…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

★仏教の「確信」

長い間、時間をかけて仏教を学び、勉強し、理解していくと、 やがてこの確信が得られるのです。 たとえば「欲は悪いもので、煩悩で、苦しみのもとである」という 教えを聞いたとき、私たちはそれをすぐに理解できるでしょうか? 理解できるはずがないのです。 なぜなら、実際のところ私たちは欲を喜び、楽しんでいるの…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more