テーマ:お釈迦様

★たとえ小さな悪であっても

★ナ チャ クッダン サマーチャーレー Na ca khuddam samacare まず、クッダ(khudda)は直訳すると「小さい、つまらない、 たいした事はない」という意味です。 どんなパーリー語にも幾つか意味がありますが、 クッダも同じ「小さい」という意味もありますし、 「あまり評価できない」「悪い」とい…
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★意味のある生き方

生きることは無意味だからこそ、 私たちは「意味のある生き方」をするべきなのです。 それで守るべき項目が10項目(10善)あります。 ①殺生をしない。 ②盗まない。 ③邪な行為をしない。 身体でその3つを守る。 簡単でしょう。そんなに難しくないでしょう。 それから言葉に気をつける。 これは…
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「自我の幻覚」への処方箋 

自分になんの中身も無いと、どうしても威張りたくなるもの。 自我を張れば張るほど、その人は空っぽです。 俺が俺がとペラペラ喋り続ける人ほど、徹底的に自信がないのです。 中身が充実した人は、自我の幻覚にすがる必要がないから、 謙虚に落ち着いていられるのです。 私たちは無始なる過去から、厄介な「自我の幻覚」で悩んできまし…
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★八正道は革命的な教え

お釈迦様の教えは、「神・仏を恐れなさい」「教えを信じなさい」 などといった態度とは正反対です。 「自分で考えなさい」「理解してみなさい」という態度で語るのです。 このように人の理性に語る教えは、いまだかつてありませんでした。 現在あらわれている新興宗教も、決して人間の理性には語っていません。 何かの工夫をして、人々を原…
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正定・・・八正道⑧心の統一

八正道のこれまでの説明を読むと、実践するのはそうとう 難しいのではないかと思われるかもしれません。 でも、決して無理なことではありません。 心の力を見くびってはなりません。 想像を絶する力が、心にはあるのです。 問題は、私たちはその心の力を分散させているということなのです。 百万円のお金を持っている人が、それをす…
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★正念・・・八正道⑦目覚めて生きる

正念という言葉を聞くと、「念仏」などの言葉が思い浮かぶにちがいありません。 「念」という字はパーリ語のsati(サティ)を漢訳して当てたものです。 そのせいでみな、漢字の「念」によって理解しようとしたのですが、 本来のサティの意味には気づかなくなってしまいました。 念とは、「気づくこと」です。それでも意味がわからないかも…
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★正精進・・・八正道⑥正しい努力

精進とは、努力することです。 「正しい努力をしなさい」と、 八正道の6番目の項目として説かれています。 どうせ努力するならば、正しく努力をするのは、あまりにも当たり前の話です。 しかし、前にも述べましたが、お釈迦様は当たり前の話はしません。 誰にでもわかっている話はなさいません。 誰にも発見することができなかった真理…
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★正命・・・八正道⑤正しい仕事

正命という言葉は誤解しやすいと思います。 パーリ語はsamma-ajiva(サンマーアージワ)です。 アージーワとは、「何をして生計を立てているのか」という意味です。 要するに、仕事のことです。 「間違った仕事をして生計を立ててはいけない」と言えば、 あまりにも当たり前のことです。 わざわざお釈迦様が語る必要もない項目です。…
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★正業・・・八正道④正しい行為

正業という言葉を見て、「正しいカルマ(業)」のことだと考えるのは、誤解です。 パーリ語はsamma-kammamta(サンマーカンマンタ)です。 カンマンタとは、やること、行うこと、為すこと、という意味になります。 いわゆる行為のことです。 行為といえばいろいろです。 生きること自体が無数の行為のかたまりです。 ・・…
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★正語を実行する場合の4つのポイント

①ウソをつかない  いつでも事実のみを語ろうと気をつけることです。 ②悪口を言わない  他人に不愉快な気持ちを与える目的で、 他人を侮辱する目的で、 他人を傷つける目的で語る場合は、当然、社会では使ってはならない乱暴な言葉を 使ってしまいます。 ですから、人を傷つける目的で、 非難する目的では決して語らない、と注…
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★正語・・・八正道③正しい言葉を語る

次にあるのは、「正しい言葉を語れ」(正語)という項目です。 人間は言葉の正しい使い方を知らないので、 自分にも他人にも多大な不幸をもたらします。 言葉の管理をできない人のことを、 お釈迦様は「口の中に両刃の斧がある」と説かれました。 人の舌を両刃の斧にたとえたのです。 「言葉を制御しないと、自分も他人も破壊してしまう…
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★正思惟・・・八正道②非論理的な欲・怒りは捨てる

正思惟(しょうしゆい)とは、考え方を正すことです。 これは大きな問題です。 人とは考える生き物です。その考えが正しくないならば、 何をやっても正しくないことをしていることになります。 成功を収めて幸福に生きていきたいと思うならば、 思考を正さなくてはいけません。 思考を正せば、行動は自ずと正しいことになるので…
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★正見・・・八正道①ありのままに見る

正見の意味は、正しい見解です。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「ありのままに見る」「ありのままに観察する」とは、 簡単で当たり前のことではないでしょうか。 それはその通りですが、実行しようとすると問題が起きます。 私たちは、ありのままに見ているのではなく、 あって欲しいままに見ている…
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★どうすれば苦がなくなるのか

お釈迦様が説かれる中道=「超越道」は、 八つの項目で構成されているので「八正道」とも言われています。 仏道とは八正道のことです。 苦しみを乗り越える道なので、 八正道を実行しようとした時点から、 苦しみが減ってゆく仕組みなのです。 その人の苦しみがどのくらい減るのか、ということは、 一人ひとりが…
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●慈経 Metta Sutta

1.有意義なことについて巧みな人は、 静かな場所へ行き なすべきことがあります。 生きる上での、性格をしっかりして欲しい。 いつも揺らいでしまう芯のない生き方では、何も成し遂げられません。 我々は、高慢な人が嫌いなのに、 自分自身の高慢さには気付きません。 だからなかなか性格が直らない…
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★「panna」とは智慧のことです

智慧によって心を育てている、ということです。 智慧というのは、真理の目で物事を見ることで、真理とは「無常・苦・無我」です。 そこで、このことを勉強したり研究したりして、 まず自分で真理を発見しなければなりません。 それから、自分の生き方を変えていくのです。 いわゆる物事を評価するとき、「無常・苦・無我」とい…
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★「施し(施捨)」によって心を育てる

「caga」というのは「施し」で、欲や執着なく、 人々に協力したり、社会のために何かしてあげたりすることです。 「手のひらを握って生きているのではなく、手のひらを開いて 生きる」という文学的な表現がありますが、 いつでもそのような気持で、 長いあいだ奉仕の心を育てるのです。 一生に一度だけ他人に親切に…
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★「戒(道徳)」によって心を育てる

世の中には「戒(道徳)を守るなんて、まっぴらごめんだ」 と言う人が、結構います。 でも本当は戒律を守って道徳的な生き方をすることこそが、 人格を向上させる道であり、人の心を自由にさせる道なのです。 心の自由とは何でしょうか? それは、何があっても落ち着いていられる心のことです。 道徳を守って生活していると…
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★仏教の「確信」

長い間、時間をかけて仏教を学び、勉強し、理解していくと、 やがてこの確信が得られるのです。 たとえば「欲は悪いもので、煩悩で、苦しみのもとである」という 教えを聞いたとき、私たちはそれをすぐに理解できるでしょうか? 理解できるはずがないのです。 なぜなら、実際のところ私たちは欲を喜び、楽しんでいるの…
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★仏教を学び、智慧を育てる

ここまで、「善行為」「慈悲喜捨」「妄想をやめる」 という3つの悪業から身を守る方法を説明しました。 そして4番目の方法は「智慧を育てる」ことです。 世の中の学問を学んでも、智慧は現れません。 アインシュタインの本を読んでも無知になるだけです。 科学者の本を読めば読むほど、無知になりますよ。 なぜなら、欲がどんどん…
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★そのつど、そのつど、気づく

そのつど、そのつど、気づく 賢者は、順次に少しずつ、 そのつど、みずからが汚れを除く。 鍛冶職人が銀の汚れを除くように。(239) 人間には、立派になりたい、清らかな心になりたいという気持ちがあります。 どんな宗教家でも、理想的な人格の完成をめざします。 でも、たいていはうまくいきません。 ある者は、心…
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★あなたが笑えば世界も笑う

『本物の知識人はユーモアのある人格者』 <Q:日々の暮らしの中で、ユーモアや笑顔の大切さは、 どんなところにあるのでしょうか?> 朗らかに笑うと清々しい気持ちになって、心が開かれますでしょう? だいたい人間というのは、明るく楽しいことに心の窓を開くものです。 つらく苦しいときには心を堅く閉ざして厳重にガードしていますが…
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★無我を認識する瞬間

人間の理解とは、頭で理解することです。 もう一つ、理解の仕方があります。それは経験することです。 ・・・・ 物事を理解する時は経験することに勝る理解方法はないのです。 経験したことに「忘れました。間違いました。元に戻りました」 などは成り立ちません。 人間はたくさんのことを勉強しますが、年を経るとほとんど忘れます…
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★本当の宝物は智恵である

流れに逆らわず、適切に身を守る すべてのものが変化する、無常の世の中。 そこで生きるのは、たとえてみれば私たちはみな川に流されているということです。 では、その激流を、どう渡ればいいのでしょうか。 問われたブッダはこう答えています。 「私は、立ち止まることなしに、あがくことなしに、激流を 渡ったのです」 何もせ…
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★科学は心を扱えない

仏教は時間の経過とともに宗教化が進んだのですが、 現在でもテーラワーダ仏教はいわゆる宗教とはずいぶん違います。 宗教というより、むしろ科学というほうがしっくりきます。 それは宗教のように「信じるためのもの」ではなく 「実践するための方法」だからです。 ・・・・   ・・・・ 心は現代科学では扱えません。 現代科学で…
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★心の洗濯 (パーリ経典中部7布教より)

「汚れた布が美しい色に染まらないように、心に汚れがあるとき 心を成長させることはできない」 布を美しい布に染めたければ、 元の布は汚れのない綺麗な布でなければなりません。 同様に、心を成長させたければ、 心から汚れを取り除かなければならないのです。 【心の汚れのリスト】 ①異常欲(abhijjha) …
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★感情の深い部分を冥想でコントロールする

私たちは幸福になりたいのになかなかなれません。 幸福になるのを邪魔するウィルスのような悪いエネルギーが 心に染み付いているのです。 だから我々は、ウィルスへの抗体を心にずっと注入しながら 生きていかなければなりません。 生きている間はその闘いをずっと続けなければならないのです。 「これさえやれば、もう成功です」という…
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★色声香味蝕法に対して「執着=欲」が起こる

腐るほど対象・刺激による情報があるのですから、 本来、心がそれに依存する必要はまったくありません。 それなのに、執着・欲が起こる。 完全に余計なのです。 嫌でも腐るほど情報があるのだから、わざわざ依存する必要がないのです。 嫌でも認識は生まれて、生まれて、生まれ続けます。 …
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★「心の成長」に不可欠な条件

成長には順番があるのです。 こころの成長にも順番があります。 それは当然のことです。 まず、「自我・私がいるんだ」という実感にヒビを入れないといけない。 そこからさらに冥想して、感情・煩悩が無くなっていく。 自我を破ることは、自分で踏んばってやらないといけないのです。 自我は脳がつくる錯覚です。 生存欲を維持す…
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