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★『自由を目指して精進する』

生きることを観察しようと始めても、 簡単に進むわけではないのです。 人間のこころに元々、自己観察する能力は無いのです。 無始なる過去から、五欲に依存することで、 思考・妄想・感情に依存することで生きてきたのです。 依存する癖が強すぎなのです。 そこで、覚悟して精進する必要があります…
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★「思考・妄想」という最大のエネルギー

身体の中に起こる最大のエネルギーを紹介します。 眼耳鼻舌身意の「意」は、考える・思考する・妄想する・夢想する、 などの働きをしています。 この「意」によって、相当な苦のエネルギーが起こるのです。 意に比べれば、見る、聴く、味わう、などのエネルギーは、 それほど大きくはないのです。 我々が何かを客観的に考える・思考…
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★無智に気づくためのチェックリスト

ここでどんなときに無智が強くなって働いているかを 知るための手掛かりをお教えしましょう。 以下に代表例をリストアップします。 ・正しい判断ができないとき ・判断できなくて優柔不断でいるとき ・鬱気味になるとき ・感情に負ける時 ・混乱状態、興奮状態になるとき ・妄想のストップも制御もできないと…
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★快楽ではなく智慧を探し求めよう

『なぜ笑う。何が楽しい。 炎に包まれている(燃えている)のに。 暗やみに覆われているのに。 なぜ光を求めないのか。(146)』 私たちは絶えず「何をして遊ぼうか、何をして笑おうか、 何をして楽しもうか」という衝動に駆られて生きています。 それは子供の生き方を観ているとよくわかります。 子供はいつも「今日は何をし…
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「自我の幻覚」への処方箋 

自分になんの中身も無いと、どうしても威張りたくなるもの。 自我を張れば張るほど、その人は空っぽです。 俺が俺がとペラペラ喋り続ける人ほど、徹底的に自信がないのです。 中身が充実した人は、自我の幻覚にすがる必要がないから、 謙虚に落ち着いていられるのです。 私たちは無始なる過去から、厄介な「自我の幻覚」で悩んできまし…
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◆「好き嫌い」という重荷を捨てる

音声での「法句経」ダンマパダ 一日一悟 です。 ●ブッダの教え<一日一話> http://www.youtube.com/watch?v=TBLn9S-tZqM ●慈悲の瞑想を歌う http://www.youtube.com/watch?v=gj7FJIu7qYI …
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★清らかな心は上方へ

お釈迦様はマハーナーマにこのように言いました。 「(そのように肉体が壊れても、) その人の長きにわたって saddha信(確信)、sila戒(道徳)、suta聞(学び)、 caga施(奉仕)、panna慧(智慧)によって 鍛練されたこころは、上方に超越に赴くのです」と。 これら五つの人格を向上させているなら、死ぬことはた…
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★「施し(施捨)」によって心を育てる

「caga」というのは「施し」で、欲や執着なく、 人々に協力したり、社会のために何かしてあげたりすることです。 「手のひらを握って生きているのではなく、手のひらを開いて 生きる」という文学的な表現がありますが、 いつでもそのような気持で、 長いあいだ奉仕の心を育てるのです。 一生に一度だけ他人に親切に…
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★「学習(聞)」によって心を育てる

「suta」は真理の教えを聞くこと、勉強すること、学ぶことです。 お釈迦様の話を聞いたり、また他の人々の話もいろいろ聞いたりして、 比較対照し、学び、勉強していると、頭の良い人間になっていきます。 七覚支とは何かとか、五蓋とは何か、煩悩にはどのようなものがあるか、 因縁とはどういうものかなど、いろいろ勉強することが必要な…
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★「戒(道徳)」によって心を育てる

世の中には「戒(道徳)を守るなんて、まっぴらごめんだ」 と言う人が、結構います。 でも本当は戒律を守って道徳的な生き方をすることこそが、 人格を向上させる道であり、人の心を自由にさせる道なのです。 心の自由とは何でしょうか? それは、何があっても落ち着いていられる心のことです。 道徳を守って生活していると…
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★仏教の「確信」

長い間、時間をかけて仏教を学び、勉強し、理解していくと、 やがてこの確信が得られるのです。 たとえば「欲は悪いもので、煩悩で、苦しみのもとである」という 教えを聞いたとき、私たちはそれをすぐに理解できるでしょうか? 理解できるはずがないのです。 なぜなら、実際のところ私たちは欲を喜び、楽しんでいるの…
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★好きを追って、不幸にたどり着く

「好き」なことだけをやって生きていられるならば、 それは最高に幸せだ、恵まれていることだ、と一般的に誰もが考えるのです。 好きではないことをやらなくてはならないときは、苦しみと不幸を感じる。 たとえば、自分の仕事があまり好きではないとする。 そうなると、仕事をするのは苦しいのです。 自分にはツキがないと思ってしまい…
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★貪瞋痴を制御する行為が善業

気持に流されるのではなく、気持を抑えようと、 制御しようとしたことだけが善行為になります。 貪瞋痴を制御するために行う行為のみが、善業になります。 ここは、すごく微妙なポイントです。 貪瞋痴に従うのではなく、 貪瞋痴をちょっとコントロールしようとすることで善行為になります。 ですから、1万円で自分…
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★感情で起こす行為は悪結果に

自分の人生で、意志だけは自分でなんとかできます。 ですから、何よりも意志に気をつけるとよいです。 しかし、私たちは理性で判断しないのです。 判断に際して感情で決めてしまいます。 昼食をラーメンにするかサンドイッチにするか判断するときに、 理性で「ラーメンを食べたらカロリーが多いし、いろいろ 化学調味料もいっぱい入って…
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★仏教を学び、智慧を育てる

ここまで、「善行為」「慈悲喜捨」「妄想をやめる」 という3つの悪業から身を守る方法を説明しました。 そして4番目の方法は「智慧を育てる」ことです。 世の中の学問を学んでも、智慧は現れません。 アインシュタインの本を読んでも無知になるだけです。 科学者の本を読めば読むほど、無知になりますよ。 なぜなら、欲がどんどん…
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★怒りには自分を破壊し他人を破壊する

怒りには、怒らないことによって勝てる。 悪事には、善い行為で勝てる。 物惜しみには、分かち合うことによって勝てる。 真実によって、虚言の人に勝てる。(223) ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 嫉妬、物惜しみ、後悔、憎しみ、悩み、陰気、いらだち、 いやな気持ち・・・。 仏教でいう「怒り」とは「腹を立てていきど…
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★そのつど、そのつど、気づく

そのつど、そのつど、気づく 賢者は、順次に少しずつ、 そのつど、みずからが汚れを除く。 鍛冶職人が銀の汚れを除くように。(239) 人間には、立派になりたい、清らかな心になりたいという気持ちがあります。 どんな宗教家でも、理想的な人格の完成をめざします。 でも、たいていはうまくいきません。 ある者は、心…
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★けっして失われないもの

白檀、ジャスミンの花の香りは、 風にさからっては広がらない。 しかし、善き人の徳の香りは 逆風にあってもひろがっていく。(54) 世の中にあって、「いつでもどこでも通用する価値」というものは存在しません。 どのような価値も、限定されたことしか通用しません。 いくらお金があっても病にかかるし、事故に遭うこともあるで…
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★「自分しか愛せない」

~智恵のある人は自分を守る~ 私たちは誰のことが一番好きでしょうか。  誰のことを真剣に心配したり、気にしたりするのでしょうか。  子供のこと、両親のことなどが思い浮かぶかもしれませんが、 実は違います。  どんな人でも、 何より先に自分のことが、好きなのです。  自分のことを心配するのです。   しかしこ…
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★本当の宝物は智恵である

流れに逆らわず、適切に身を守る すべてのものが変化する、無常の世の中。 そこで生きるのは、たとえてみれば私たちはみな川に流されているということです。 では、その激流を、どう渡ればいいのでしょうか。 問われたブッダはこう答えています。 「私は、立ち止まることなしに、あがくことなしに、激流を 渡ったのです」 何もせ…
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★科学は心を扱えない

仏教は時間の経過とともに宗教化が進んだのですが、 現在でもテーラワーダ仏教はいわゆる宗教とはずいぶん違います。 宗教というより、むしろ科学というほうがしっくりきます。 それは宗教のように「信じるためのもの」ではなく 「実践するための方法」だからです。 ・・・・   ・・・・ 心は現代科学では扱えません。 現代科学で…
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★心は本来、怠け者

心というのは、ものすごく怠け者です。 どうやって怠けようかと、常に必死です。 それは認めていただきたいのですが、いかがですか? 「よく頑張った」と言うときも、 「怠けてしまうから、それでもなんとかやりました」 ということであって、だからこその「頑張った」なのです。 「我慢」という言葉もありって立派な言葉に聞こえますが…
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★心の洗濯 (パーリ経典中部7布教より)

「汚れた布が美しい色に染まらないように、心に汚れがあるとき 心を成長させることはできない」 布を美しい布に染めたければ、 元の布は汚れのない綺麗な布でなければなりません。 同様に、心を成長させたければ、 心から汚れを取り除かなければならないのです。 【心の汚れのリスト】 ①異常欲(abhijjha) …
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★感情の深い部分を冥想でコントロールする

私たちは幸福になりたいのになかなかなれません。 幸福になるのを邪魔するウィルスのような悪いエネルギーが 心に染み付いているのです。 だから我々は、ウィルスへの抗体を心にずっと注入しながら 生きていかなければなりません。 生きている間はその闘いをずっと続けなければならないのです。 「これさえやれば、もう成功です」という…
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③vibhava tanha(ヴィバワ タンハー)否生存を好む渇愛

3つ目のヴィバワ タンハーは、なかなか定義が難しい渇愛です。 私たちはふだん、注釈書を頼って解説しますが、 この渇愛については私は注釈書の解説は使いません。 「無になりたい」「否生存を好む渇愛」です。 これは破壊欲であり、自殺したいという渇愛です。 注意したいのは「無になりたい」「否生存を好む渇愛」などと言うと…
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★たちの悪い欲3つ

○お釈迦様が見つけたたちの悪い欲 お釈迦様はありとあらゆる欲の中から、たちの悪い欲を3つ、発見しました。 それらの「たちの悪い欲」のおおもとはやはり「生存欲」です。 「生存欲」というのは、特別にやっかいな欲なのです。 たとえば、子分の欲は、その都度、どの都度、消えます。 美人には目がない男性でも、前立腺なんかが壊れたら…
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★色声香味蝕法に対して「執着=欲」が起こる

腐るほど対象・刺激による情報があるのですから、 本来、心がそれに依存する必要はまったくありません。 それなのに、執着・欲が起こる。 完全に余計なのです。 嫌でも腐るほど情報があるのだから、わざわざ依存する必要がないのです。 嫌でも認識は生まれて、生まれて、生まれ続けます。 …
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★壊れるスピードは同じ、修復能力が減っていく

俗世間では、成長段階ごとに幼年期・少年期・青年期・中年期・ 壮年期・老年期などと区別したりしています。 そう言われると、あたかもそのような段階ごとの 成長過程があるように感じますが、 仏教の立場から見れば、同じスピードで壊れているだけなのです。 そして、身体の修復作業の能力は、どんどん落ちていき、 死にかけているとき…
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★石を投げられたら掴むよりもよけなさい

ここでいいたいことは、「問題を解決しようとすることは やめましょう。 問題やトラブルがあってもいいから、その代わりに ものごとを理解して、きちんとした心の状態だけは守りましょう」 ということなのです。 海に落ちた人はどうすればいいのでしょう。 そこから逃げるしか道はありません。 海と闘ってもまったくの無意味…
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★「心の成長」に不可欠な条件

成長には順番があるのです。 こころの成長にも順番があります。 それは当然のことです。 まず、「自我・私がいるんだ」という実感にヒビを入れないといけない。 そこからさらに冥想して、感情・煩悩が無くなっていく。 自我を破ることは、自分で踏んばってやらないといけないのです。 自我は脳がつくる錯覚です。 生存欲を維持す…
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