テーマ:法話

★不痴(探究・理解)

理解しにくいのは「不痴」です。 不痴とは、探究する心、発見する心、 ものごとを理解したり、新しいことにチャレンジしようとする 前向きなエネルギーのことです。 だらだらして生きるのではなく、自分から積極的に試したり、 調べたり、考えたり、チャレンジするという活発なエネルギーです。 「人に言われたからする…
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★「決断の速い人は人生の勝利者」の法話より

<一部>考え好きはいつも幸運を逃がす 真理を知るというのは幸福なことであります。 物事の法則を知っているなら、自己管理できる それが幸福なのです。 希望があるなら、自己管理してその方法を理解する。 しかし、私たちはどんな方法が良いのか解らないから いろいろな本や人が言うことに頼ります。 が、自己コントロール…
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★「殺してしまえ」はナンセンス

★狭い見方では頭が悪くなる 私たち人間は、いつでもすべての生命をいっしょに見なくては、 頭のいい人間にはなれません。 人間だけとか、日本人だけとか、 狭く考えてしまうと真理が見えなくなります。 熊もライオンもサルも犬も猫も、鳥も魚も昆虫もミミズもアメーバも すべてひっくるめて、生命として見てみるのです。 そうす…
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◆いったい幸福とはなんでしょうか?(5)

☆心に「信」があれば幸福です。 これは分からないことをなんでも無批判的に信じる信仰ではありません。 仏教の信は、確信・納得という意味です。 生きるとは何かと仏説から学んで、その教えをそのとおりであると 納得できれば、「信が現れた」ということになります。 ブッダの説かれた教えに納得しなたらば、人間にとって…
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◆いったい幸福とはなんでしょうか?(4)

☆沙門・バラモンに奉仕することは幸福です。 沙門・バラモンとは、インドにいる様々な修行者のことではありません。 仏教の定義は、心を清らかにする目的で俗世間の財産をすべて 捨てて、出家になって修行する人々のことです。 この布施によって、修行者が命を繋いで修行するのです。 一般の人々にも、心清らかにするアドバイスをしてくれ…
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◆いったい幸福とはなんでしょうか?(3)

☆苦しみを無くすことが幸福です。 ブッダが説かれる「存在苦(生きることは苦である)以外にも、 色々苦しみがあります。 お腹が空いたり、猛暑なのに節電のために冷房をつけなかったり、 身体がだるくなったりすることなども苦です。 幸福ではありません。 その都度その都度、 その軽い苦しみを無くすこと、乗り越えることも幸…
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◆いったい幸福とはなんでしょうか?(2)

☆日曜必需品に対して、満足を感じられることが幸福です。 お金、家、服、食べ物、車、カバンなどの持ち物、必需品は色々です。 しかし、なかなか満足しないものです。 より良いものを望んでしまうのです。 人が死ぬまで「もっと良いものがあれば」という気分で生きているならば、 人生は不幸の一色です。 満足のパーリ語は…
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◆いったい幸福とはなんでしょうか?(1)

☆問題の発見がスタートライン 人が幸福になりたいと祈願するならば、 幸福とは何かと明確に理解しなくてはいけないのです。 その理解に達するためには、いま自分にどんな問題があるのか、 どんな悩みがあるのかと、発見しなくてはいけないのです。 人間の悩み苦しみとは、みなに平等にあります。 悩み苦しみの原因も、みなに平等な…
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○人づき合いと人間関係

たくさんの人々と付き合って生活したいと思うことは、正しくないのです。 人づきあいが苦手、ということも良くないのです。 誰とでも簡単につきあうようにすることも、良くないのです。 悪人は簡単に寄ってくるからです。 そうなると、自分も悪に染まってしまいます。 「悪人と付き合うよりは、独りで生活したほうが良い」のです。 …
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●善友

仏道の目的は完全なる自由(解脱)ですが、実践しようとすると少々、 問題が起きます。 人間は本来、執着のどん底にいるのです。 無明という暗闇のなかに彷徨っているのです。 独りで抜け出すことができるなら、誰でも本来、 解脱に達しているはずです。 しかし、自力で執着を断つことができたのはお釈迦様だけです。 …
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★どこまで努力すればいいのか

私たちが生きていく上では、どんな誘惑があるか分かりません。 調子に乗らずに努力する人には覚りに達する資格があるのです。 精神的な成長を目指す人は、「みんなやっているでしょ」 という社会の誘惑、マインドコントロールから脱出するのです。 悪を離れ、善に至るために精進するのです。 そのためには、「みんなやってる」の大合唱…
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六つの感覚を悟る<その4>

★6つの感覚器官について このような公式で観察して 無常たるものについて、因縁によって現れるものだから、 執着を捨てて「解放」、「自由」を目指す。 ★正しくない「知」によって、人は執着を捨てず、 無限に輪廻転生しながら苦しむ ★「解放」が出来た人は、一切の苦しみからも解放される。 ★知識を捨てた人に何でも知…
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六つの感覚を悟る<その3>

★眼は無常、常に変化する。だから、何でも感じられる。   色は無常、常に変化する。だから、眼で感じることができる。 ★視覚は無常、常に変化する。だから、次から次へと知ることが出来る。 ★「知」は瞬間的なものです。しかも、   主観です。普遍的な真理でもありません。 ★その知識に、それから現れる感情に …
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六つの感覚を悟る<その2>

私に見えるんだから本物だ。は間違い ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ では、一切知者になりましょう ★同じ法則を耳・声・鼻・香、舌・味、     身体・触にも適用して観察してください。 ★意・法も同じ法則です。(法とはこころの対象のことです。)   こころに情報概念がふれて考えちゃうんです。   過去…
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六つの感覚を悟る<その1>

★「知る」という機能の法則を理解できたら一切知者です。 ★知る場合は眼耳鼻舌身という6つの感覚器官で知るのです。 ★一つも感覚器官がなければ、生命ではありません。ただの物質です。 ★感覚器官を通して知る過程を、その法則を発見することが、知る世界の全てなのです。 人の質問やらなんであろうと、てきぱきと答えることが …
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★智慧と善行為<その3>

○調和することは善行為 「生きる」ということは「行為をする」ことで、その行為は お互いにネットワークをつくって、調和し、補い合い、 協力し合って働くということが決まっています。 そうでなければ生命は壊れてしまいます。 そこで「善行為・悪行為」ということが成り立つのです。 これが最初に出した質問「善行為・悪行為は本当に…
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★智慧と善行為<その2>

○その行為は善か悪か? 次に、行為は善か悪か、ということを判断しなければなりません。 判断は簡単です。生きることを破壊する行為は悪行為です。 たとえば「生きる」というシステムの中で 一個の組織、あるいは一個の組織だけが調和を乱して 勝手に反対の行為をするとしましょう。 どうなるでしょうか? 全体が徐々に壊れ…
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★智慧と善行為<その1>

★智慧と善行為 ~調和し、補い合い、協力する~ 最初に二つ問題を出します。 一番目の問題は、善行為・悪行為と言うのは本当に 世の中にあるのでしょうか? ということです。 皆さんはおそらく考えたことがないと思います。 この答えはいったん置いといて、次の問題にうつります。 「生きる」とは、…
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※慈悲の冥想への質問から

Q;初歩的なことですが。 祈ること、慈悲の瞑想を自分みたいな人間が瞑想するだけで、 人は幸せになれるんでしょうか。 祈っているだけで 人を幸せにできるんですか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ <スマナサーラ長老のお答え> …
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◆心はこんなに汚れている

これまで多くの人々は自分の心の穢さに気がつくこともなく、 また気がついたとしても、それを浄化する術を知らないままに、 ただ手を拱(こまね)いているばかりでした。 ヴィパッサナー冥想法は心を清めるクリーナーなのです。 心が清らかになれば、どんな人からも慕われ、 またあなたのために労を厭わずいろいろな人々が何かと 協力し…
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★感謝して生きる(3)

では「感謝して生きる」ってどういう意味? 人生は苦だったらありがたくないでしょう。 感謝しながら生き続ける馬鹿がいるのですか。 だから、智慧の角度から見れば、感謝するものではなくて、 命というのは捨てるべきものなのです。 「生きていたい」という欲を捨てるべきものなのです。 その両方まとめて理解しないといけない…
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★感謝して生きる(2)

インド文化と音楽は一緒に発達したものです。 それでテレビ番組で音楽コンテストがあったのです。 この番組に出る人々というのは、ものすごい能力なんです。 それで審査する人々も、話しにならないとんでもない連中なのです。 そこでじっと見ていて、一人一人が自分のセクション歌ったら、 この審査の人々がいろいろ言うんですね。 ある…
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★感謝して生きる(1)

仏教では、一般人には、徹底的に感謝ということを教えているのです。 感謝しなくてはけしからん。 理由は、命はけっして、独立単独で何一つも成り立たないのです。 我々は呼吸しています。空気が汚れたらどうします?  空気中に、香りもない匂いもない毒が回ってきたらどうします? 死んじゃうでしょう。 だから、みんなで…
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