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zoom RSS 【NO1】スマナサーラ長老の法話<幸福に生き抜くための決断力>より

<<   作成日時 : 2010/05/30 08:47   >>

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「幸せに生きる」について」について
<幸福に生き抜くために必要な決断力>その1

お釈迦様の言葉よりどうやって判断のからくりというか
技を身に着ける話

何故かとういうと判断しないと生きていけない
とにかく生きているのだから、
今さら言わなくても・・・
暇があったから来た
余裕があったので良いのでは・・(笑い



子どもの場合判断を間違うと怒鳴られる叱られる
判断を間違うと死んでしまうこともある
生きているんだから、どうった事もない失敗だったんでしょね

流されて生きるってことは出来ない
もうちょっとしっかり判断できたなら、しっかりと生きていられると、
言うことになります。

だから我々の人生の評価というのは、判断によります

健康で明るく豊かに生きていられるのは判断によるのです

産まれてからずっと病弱であるならば
過去に判断ミスを犯しているのです

それは今さらどうする事もできない

私たちの行き方、健康でしょうか
幸福で生きていられるか、どのように生きてきたかの判断による

自分の人生の成功の度合いは
判断の良し悪しの度合いによるもの
とても重要なことです

日和見主義、ことなかれ主義
長いものにまかれろ
他人の判断に従い猛進してしまうこともある

自分で判断しなかったというニュアンスです
他人の顔色をみて判断しなかったということは
ありえない。

自分で判断をしているのです
他人の顔色を見ているのであっても、
自分で判断しているのです
無批判に猛進に・・・というのが自分の判断なのです
とても気持ち悪い生き方ですが

自分に責任を持たなければならないのです

結果が解かるんであるならば、判断はやりやすいが
結果は後からですから、解からないんです

私たちは明日の事は解からないので
やってみなければ解からない
因果法則なのですね
因果というのは、例外はなく
ぎっしりと結果は解かっている

悪い行為には悪い結果
しかし私たちは、悪い事をしても良い結果があると思う
そんな科学は無い

行為と結果には一年先で出るもの、半年先で出るものと
パターンは色々とあるので
私たちはいい加減に繋げて因果法則が解からないでいる
なんでかんでも繋げる
世の中はいい加減にいう

判断するときは、過去にあったものを判断基準にする
前例をみる、役に立つ場合も立たない場合もある

●一つの判断は他の判断と矛盾しないか?と
  場合によって変わるので矛盾はしない

●色々選択するが迷うことがおおい
  その決断に対して反対、異論、優柔不断に迷うトラブルが
  起こって心身疲労する

●判断したら、直ぐに結果はでる
  迷わなくてよいのである。悩むことは無意味です。
  処理を考えるのです

<決断できない理由>
結果に対する責任
成功したら自分の責任
失敗したら自分の責任
成功すると奪われる
失敗すると見放される
優柔不断は身の安全

やりきれないから優柔不断になる
精神的に決断できないで迷ってしまう
「へ〜わたし?」
という情けない無責任感になってる
精神的に大人になっていない

永遠に眠気がある・・・同じことを何回も言わないといけない


(つづく)

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