幸せに生きる〜ブッダの智慧から学ぶ〜

アクセスカウンタ

zoom RSS ●自己主張したがるのは、愚か者です。

<<   作成日時 : 2010/08/18 08:33   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 11 / トラックバック 0 / コメント 13

画像

人には、自己主張したい、アイデンティティを認めてほしい
という気持ちがあり、そこで問題が起きるのです。
なぜそんなに認めてもらいたいのかというと、



おそらく自分自身の生き方になにか
不満があるからなのでしょう。<p89>




★アピールするために、自分を実際より
 
大きく見せなければならなくなったり、



社会の受け止め方も気にしなければならなかったりすると、

人の生き方は不自由なものになってしまいます。




自分で自分の牢獄をつくることになるのです。




見栄を張ることを完全にやめて、
できることだけを真面目に行う人間になれば、




人が認めても認めなくても、



自分の生き方に充実感を得られるはずです。<p90>





★仏教は人間に、ただ生きて死ぬくりかえし(輪廻)を乗り越える道を示します。




生きている間は心を清らかにして人格を向上させ、




無知を破って智慧を開発し、




真理を体験して生きる苦しみを乗り越えることをめざすのです。<p148>








迷いを断つ「生きる」論
A・スマナサーラ長老著書より抜粋













テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 11
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス
ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!)
かわいい かわいい

コメント(13件)

内 容 ニックネーム/日時
 スマナサーラ長老が、熱海合宿の個人面談の場で、私にこのようにおっしゃられた記憶があります。

 「悟った人は、悟ったとは言いません。自我がないからね。言うこともあるけどね。修行仲間が罪を犯した場合とか。」(引用終わり)

 自我がないということですから、これは阿羅漢聖者の場合と思いますが、しかし、不還果、一来果、預流果の聖者も、阿羅漢聖者にならうでしょうから、同じような対応をすると思います。

 必要ない限り、自己アピールはしないと思います。

 スマナサーラ長老原理主義というのは褒め言葉でしょう。
 スマナサーラ長老は、般若心経は間違い?(宝島社新書)においてはっきりと、「ブッダの教えは原理主義でなければダメだ」とおっしゃっておられますから(153頁)。

 間違った教えは原理主義だと迷惑ですから、間違った教えの原理主義は迷惑だと思います。

 しかし、スマナサーラ長老は、ブッダの教えを曲がりなく伝えておられると思いますから、原理主義でないといけないと思います。

 たとえば、一切生命に慈しみを持つというのを原理主義で行えば、世の中はたちまちよくなると思います。

 六根が六処に触れたその瞬間に、何が起ったのかを正しく把握するのが智慧でしょう?(人生は美しく清らかに(サンガ)スマナサーラ長老著147頁)

 こういうのは原理主義でないと駄目だと思います。 
ご紹介
2010/08/18 09:26
 それと、「確信」(サッダー)と「信仰」について、「信仰」の方が強くて、「確信」の方が弱いと思っている方があまりに多いように思います。

 そんなことないと思います。

 「信仰」というのは、証拠もなく無理やり信じることですから、背後に疑いがあります。

 これに対し、「確信」というのは、ヴィパッサナー実践などに基づいて、スマナサーラ長老が説かれるブッダの教えは正しいと確信するのですから、そこには証拠があり、信は非常に強固だと思います。それは実践が進めば進むほどそうなると思います。

 パーリ経典においても、預流果に悟られたアナーテピィンディカ長者のお釈迦さまへの「確信」って物凄いでしょう?

 スマナサーラ長老が本物の聖者ならば、預流果以上に悟った方は、ブッダ、スマナサーラ長老原理主義になると思います。

 実情をよく知らない人も多いようですが、スマナサーラ長老をべったり盲信するという人なんて見たことありませんが、私は。もし、盲信している人が多いならば、私がこんなに苦労する必要もないのです。
ご紹介
2010/08/18 09:34
スナマサーラ長老に悟ったと認めてもらうまで修行なさることが最優先だと思います。
スマナサーラ長老は、自身の修行よりも小池さんやアラナの長老を避難することを熱心になさるように説かれているのでしょうか?
そうではないでしょう。
先ずは、自分の修行だと思います。
慈悲と知慧
2010/08/18 09:42
 テーラワーダでは悟りの認定はしないというのは基本中の基本です。

 悟った体験というのは誰に認めてもらわなくても分かりますからね。

 師匠であるスマナサーラ長老に報告するだけだと思います。
ご紹介
2010/08/18 09:48
スマナサーラ長老を盲信しようとする人に対しては、「仏教はカルトじゃないでしょ」と、御指導されているようです。あくまで、私の知る限りですが。

でも、例外だと思いますが。

2010/08/18 10:07
★まちがいを指摘したり、攻撃することで相手の性格
がなおることは、けっしてありません。
ただ、争いの泥沼に陥るだけです。
相手の不完全なところを探し出すのは意味がありません。
そんなことよりも「どこか仲良くできることはないか。
どこか共通点はないか」
を、必死で探したほうがいいのです。
<一日一話>より抜粋しました

議論はそれで何か自分に役立ちますか?
ブッダの教えの情報提供はいいと思います。
素晴らしいことです。
どのように相手に理解して欲しいとか・・・
自我が強い方と言うのは他人からは拒否されます。
お釈迦様でさえも人を納得させるのは
無理な場合もあったようですから
人への批判がよくない事も言うまでもありません。
事実だからといって、本音を言って
いい場合もあり、悪い場合もあります。
他者への思いやりを持って語りたいものです。


慈愛の気持ちで書き込むことを実行して
行きたいと思います。
あん
2010/08/18 10:12
私が聞きたいのは、さとりに達するまでは修行を優先すべきで小池さんやアラナの長老の避難及び後継者探しは優先順位が下なのではないかということです。
スマナサーラ長老原理主義であれば、今一秒が全てですから、優先順位に従うべきなのではないのですかということです。
慈悲と知慧
2010/08/18 10:14
あんさま了解いたしました。
一旦自粛したいと思います。
申し訳ありません。

慈悲と知慧
2010/08/18 10:18
 スマナサーラ長老はこのようにおっしゃっておられます。
 
 弁解になるのは仏陀の教えは「正しい」ということです。

 それはお釈迦様は弟子たちに堂々とやりなさい。と命じています。

 ブッダが出家、在家の弟子たちに期待することの一つです。修行することは置いといて。

 世の中で生きている間、この大事な、正しい教えをあなた方は自分の力で弁解できるのか。
 
 世の中は非難しますよ。これは当たり前。仏教に逆らって大衆がサーッと立ち上がるんです。
 
 それで、あなた方は一人、二人であろうと弁解が出来ますか。仏陀が教えることは正しい。と成立させることが出来ればOKだと。

(http://www.geocities.jp/dhammini131/howa124.html)

ご紹介
2010/08/18 11:39
 ぱんさまのブログから、私のコメントを一部引用します。

 私はスマナサーラ長老からこのように言われたり、示唆されたりした記憶があります。

 1 修行が進んでいる(5年ほど前)

 2 私が修行が進んでいると言ったら相当に進んでいるんです(1の2ヶ月ほど後)

 3 阿羅漢になる資質があるのにもったいない(5年ほど前)

 4 知識人(昨年)
 
 (引用終わり)

 こういうことをスマナサーラ長老はあまりおっしゃられないと思いますが、嘘はついておりません。

 それと、順番というものがあります。まず理解できる人から順々に説得していくというのが私のやり方です。

 1人説得すれば、その1人が他の方を説得することができるわけです。最初に理解した方ほど、(私から見て)能力は高いでしょうから、他の方を説得することも強く期待できます。

 そうするうちに、自然に合意には至らなくても、先に述べた行動を黙認する状況はできていくのではないかと思います。

 遠吠えのように思っている方も多いかもしれませんが、それはそれでしょうがないでしょう。

 なお、上記のスマナサーラ長老の言葉は、私を評価して下さっている言葉ですが、5年前同時期に、私は、ローサカ・ティッサ長老物語をスマナサーラ長老から聴かされております(パティパダー仏暦2549年3月号)。

 ただし、スマナサーラ長老がお話してくださったのは、このジャータカ物語のうち、過去世を除いた現世物語のうちの、サーリプッタ尊者と出会った以降のお話だったと記憶しています。
 
 ですので、阿羅漢になる資質があると言われたとはいっても、相当によくない業も抱えていると思います。
ご紹介
2010/08/18 11:46
既に閉鎖されているおんがえしのブログより、スマナサーラ長老の説法を一部引用します(昨年4月9日の質疑応答より)。

…(デーヴァダッタは)預流果にはなっていなかったんです。

瞑想はできたみたいですけど、ちょこちょこっと。

しかし、それは壊れたんです。全部。

罪を犯したんだからね。…以下略(引用終わり)
ご紹介
2010/08/18 12:00
気を取り直して
お休み前に
生きとし生けるものが幸せでありますように。
慈悲と知慧
2010/08/19 00:40
おはようございます。
今日も一日「いまここ」でがんばりましょう
(^O^)
お幸せに!
358
2010/08/19 08:20
●自己主張したがるのは、愚か者です。 幸せに生きる〜ブッダの智慧から学ぶ〜/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる