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zoom RSS お釈迦様は「一切の現象は苦である」とおっしゃいました。

<<   作成日時 : 2010/08/12 07:22   >>

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●現象の正体
仏教の専門用語に、サンカーラ「sankhara」という語があります。
古い日本語で「行」と訳されていますが、そう言っても
分かりにくいでしょうから、私は「現象」という語を使っています。
お釈迦様は「一切の現象は苦である」とおっしゃいました。


現象とは「成り立っているもの」「組み立てられたもの」

という意味です。




たとえばここに携帯電話があります。
では、本当に携帯電話があるのでしょうか?



実は携帯電話は「ある」のではなく「現象」なのです。

なぜ現象かといいますと、いろいろな部品が組合わさって
出来ているからです。


個々の部品がそれぞれの働きをし、組み立てられて、現象が成り立っています。


そして私たちはその組み立てられたものに「携帯電話」と名づけているのです。

ですから携帯電話は現象であって、携帯電話に固体や実体が
あるわけではありません。





ただ個々の部品を集めて組み立てた結果、一時的に携帯電話という現象が
成り立っているだけなのです。





車は、、たくさんの種類の部品が集まって組み立てられています。
その一つ一つを見て「これは車だ」と言えるでしょうか?




たとえばハンドルを見て「これが車です」と言うことは出来ますか?

できません。


タイヤは車でしょうか?

ハンドルは車でしょうか?

窓ガラスは車でしょうか?


どれも「車」ではありません。





でもこうした一つ一つの部品を集めて組み立てると、「車」と呼ばれるものが
一時的に成り立つのです。



この組み立てられて成り立っているものを「現象」と言います。



もともと「車」という実体など存在しません。
組み立てたところで「車」という現象が一時的に現れているのです。



「サンカーラ」という言葉は、仏教の命です。



この世の中に、組み立てられていないものは何一つありません。



「この部屋は立派な部屋です」と言っても、それは「立派な部屋」と
いうものが実体として存在しているわけではなく、
色々な部品が集まって組み立てられているにすぎません。



組み立てられたところで、立派な部屋というものが一時的に現れているのです。



すべてのものが現象です。


携帯電話も、車も、服も、部屋も、すべてのものが現象なのです。

また、それらのものを成り立たせている一つ一つの部品も現象です。

服ならそれを編んでいる一本一本の糸も現象です。




このように、どこまでも見ても現象で、実体は見つからないのです。




「なぜ苦は偉大なる真理なのか」A・スマナサーラ長老
日本テーラワーダ仏教協会冊子より抜粋




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コメント(11件)

内 容 ニックネーム/日時
あんさん

はじめまして。私もテーラワーダ仏教に興味があります。生きとし生けるものが幸せででありますように。
ぱん
2010/08/12 09:12
ぱん様

初めまして!
二人合わせて《あんぱん》
美味しい関係で宜しくお願い致します。
あん
2010/08/12 09:22
おはようございます。

「サンカーラ」の登場ですね!(゚▽゚)/。ルンルン。

有難うございました!

2010/08/12 10:27
 ちょうど1年くらい前、協会の掲示板において、「アンパンマン」のハンドルネームで、私のコメントが一つだけ公開されたことがあります。

 笛岡住職様の宝泉寺の掲示板をご紹介するものでした。事務局長にはその意図が分らないようにコメントしたものでした。

 その当時、宝泉寺の掲示板には、おんがえしのコメントが書き込まれていました(現在は、削除)。

 あんとぱんを組み立てるとアンパンになる。あんさまは、今まさに、サンカーラに関し、組み立てることについて、スマナサーラ長老の説法を引用されておられる。

 昨日の私のコメント、もく魚さまのコメントも合わせてお読み頂ければと思います。
ご紹介
2010/08/12 10:42
アンパンマンは自分の顔(アンパン)をちぎり取って施すんですよね^^
無執着、まさに仏教の実践・・・かな
358
2010/08/12 10:49
生きとし生けるものの悩み苦しみが無くなりますように。
慈悲と智慧
2010/08/12 12:09
ところで皆様長老の本の中で難解な部類に入るブッダの実践心理学シリーズの第5巻の業について書いてあるのは読みましたか?
私はこのシリーズ途中で挫折したのですが、この業について書いてあるのは割りと読みやすくて実践的かなと書店でぱらぱらと読んだ時思いました。
慈悲と智慧
2010/08/12 17:23
 上に「アンパンマン」が協会の掲示板に書き込んでいたことを書きました。

 その掲示板には、「きこり」も書き込んでいて、そこで、ブッダの実践心理学5(サンガ)の295頁の「断業」についてのスマナサーラ長老の説法を引用するなどしていました。

 「きこり」は職業名ではなくて、煩悩の森を伐る「きこり」の意味ですね(スマナサーラ長老の説法、パティパダー昨年1月号巻頭法話参照)。

 協会の掲示板は新しい投稿があると、古いスレッドが下に沈んでいく仕組みで、下手するとトップページから隠れてしまう。
 
 それで、「きこり」がコメントして、上に上昇させ、宝泉寺の掲示板に誘導する「アンパンマン」のコメントを見やすい位置においていたのです。

 ちなみに、きこりは、ウルトラマン、超人ロックのハンドルネームでもコメントして、スレッドを上に挙げていました。

 このハンドルネームは、ブッダの教えが、uttari manussa dhammaの教えであることを認めていない方を批判している意味を持っていたのです。

 「お釈迦さまは分類すれば人間です」と現在形で語る方を批判していたのです。
 
 uttari manussa dhammaは超人法と訳されることもありますね。また、uttai manussaは、ウルトラマンに発音が似ています。(続く)
ご紹介
2010/08/12 17:43
 スマナサーラ長老は、このようにおっしゃっておられます。

 お釈迦さまはuttari manussa dhammaという言葉にこだわっている。
 
 出世間だと。

 人間ではないんだと。

 お釈迦さまの教えを説得して解明して説明するために、お釈迦さまには、どうしても必要だった単語。
 
 だからおそらく仏教以外では使っていない。

 すごく大事に使う。しかし、あまり使っていない。

 皆に知られていない。気づいていない。

 隠れているキーワード。

 こういうキーワードがいくつかあって、それ発見すると何のことなく仏陀の発見できる。

 注釈書やら、伝統的な解釈やらそればっかりやってるんだから仏陀を理解できないんですよ。

 (引用終わり。お釈迦さまの説法を収めた中部経典99「スバ経」の経典解説カセットより一部引用)。
 
ご紹介
2010/08/12 17:54
ブッダの実践心理学はとても興味深く読みました。
本よりも「音」で聴くことの方が
頭に入ってくるかもしれません。
法友から貰った「音源」もあります。
聴きたい方がいらっしゃったら貸し出しも
いたしますので、おっしゃってくださいね。
耳が痛くなるくらい長〜〜〜〜〜〜いです。
あん
2010/08/12 22:11
 つい最近、このあんさまのブログで、「隻手の音声」のコメントをしましたが、そこでいう音(音波)は、聴くのではなく、「観る」のだと思います。
 http://77713696.at.webry.info/201008/article_5.html

 肉体の耳で聴くのではなく、心の眼で「観る」のだと思います。

 観音菩薩というのは正しくないと思いますが、「観音」というのは、上のような意味で正しいと思います。

 まさに、uttari manussa dhammaだと思います。
ご紹介
2010/08/12 22:54
お釈迦様は「一切の現象は苦である」とおっしゃいました。 幸せに生きる〜ブッダの智慧から学ぶ〜/BIGLOBEウェブリブログ
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