幸せに生きる〜ブッダの智慧から学ぶ〜

アクセスカウンタ

zoom RSS ★ありのままの自分を明確に観る

<<   作成日時 : 2011/01/03 11:16   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 6 / トラックバック 0 / コメント 10

もろもろの心の汚れを落としたいのなら、
昼も夜も目覚めて(気づいて)
涅槃(永遠の安らぎ)をめざしなさい(226)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

お釈迦様の教えに「ヴィパッサナー」と呼ばれる心の訓練法があります。

ヴィパッサナーとは「いつも目覚めて心をよく観る」という意味です。
ヴィパッサナーの実践法は、なにをしていても、どんなときでも、
今の自分に気づいていくことです。

呼吸をする、歩く、立つ、座る・・・・。
一つ一つの動きに意識を集中し、体を観察することから始めていきましょう。


もっと早くリラックスする方法は呼吸に意識を向けることです。


体全体が呼吸していることを感じるのです。


心の眼で、体のふくらみ縮みを観てください。


それから「立つ」「座る」「歩く」を観察します。

歩行の際には、一歩一歩、右足、左足とよく確認します。
歩行で座ることに意識を集中します。いわゆる冥想です。

きっと、いろんな心配事、妄想が頭に浮かび、嫉妬や怒りなどによって心に
乱れが生じるでしょう。


私たちは日常生活の中で、いろんな外部の情報をインプットして頭を酷使しているからです。


始めての人には、歩く冥想が入りやすいと思います。
眠くなりませんし、早く落ち着きます。

体と心の調和が速やかに実現するやり方なのです。
歩くというシンプルな動きによって、心と体が一体となり、
落ち着いた心境に至ることができます。


ポイントは、体の感覚を丁寧に味わうことです。

たとえば呼吸をするときには、

吸う息と吐く息を、

体全体で味わうのです。
★ありのままの自分を明確に観る
画像


あまりにシンプルすぎてつまらないと感じる人もいるでしょう。
どこかへ逃げ出したくなるかも知れません。

しかし、そこから逃げずに「今、ここ」に意識を集中し、
その状態をたもちつづけていれば、
いつの間にか驚くほど心が成長していきます。



体の動きを心の動きが一体になることが重要なのです。

一人が落ち着いてくると、その波動によって他の人も落ち着いてきます。
心のエネルギーが伝わっていくのです。



息を吸う、吐くという呼吸の動きを一つ一つ味わい、楽しむことが出来れば、
それは人生を楽しむことにも通じます。


しかし、これを「修行だ」「訓練だ」という思いで実践したら楽しくありません。
気づきも生まれません。



また実践していくと喜びが生じてきますが、
その喜びに執着しないことも大切です。



淡々と、実践するのです。実践をつづけていけば、
必ず落ち着いた人格が培われていきます。


人間は落ち着いていることが魅力なのです


成長は自分では気が付かないものです。
ちょうど植物の成長のようなものです。
種から花が咲くまで、瞬間瞬間にはわかりませんが、
確実に花は咲いていくのです。


原訳「法句経」ダンマパダ 一日一話 (P60〜P63)
A・スマナサーラ長老




テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 6
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)

コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
おはようございます。

淡々と実践する。なるほどです!

〜生きとし生けるものが幸せでありますように〜

2011/01/03 13:19
どんなに自分が、どうしようもなくなっているときでも

この御本を読ませて頂くと、確実に、変わった自分がそこにいます。

ただ読むか読まないか、その違いがあるだけです

僕は泳げないのですが、それでも、海や、プールに飛び込んだ時のようなものです

泳げないので、プールにはいりたくない、海に入りたくないではなく

はいってみれば、泳げない僕でも、結構楽しいのです。

生きとし生けるものは、幸せでありますように

才木広之
2011/01/03 14:05
スマナサーラ長老が人間は言葉で妄想するとおっしゃっていました。
しかし、頭の中でのおしゃべりを止めることは出来ない。だからその止まらないしゃべりたい衝動を利用して今を実況中継をする。

だから例え話をする際は気をつけてなければならない。今、現在でない妄想ですから。しかも妄想をしている本人はその妄想をすることが正しいと思っているのでやっかいです。

生きとし生けるものが幸せでありますように
慈悲と知慧
2011/01/03 15:56
 今日のあんさまのブログ本文記事はDhammapada226ですね。

 この偈文の中にもasavaが出てきます。こちらのスマナサーラ長老の説法の最後の方にダンマパダの偈文がありますのでご確認ください。http://www.j-theravada.net/howa/howa133.html

 ダンマパダの中で、偈文中にasavaが出てくるのはそんなに多くないと思います(ただし、スマナサーラ長老が説法されたもので私が拝見・拝聴したものに限定します)。

 ひょっとすると、この前あんさまが紹介されましたパティパダー仏暦2553/2009年9月号の巻頭法話(スマナサーラ長老の説法)に出てきますダンマパダ292、293と、このダンマパダ226くらいかもしれません。
 
 偈文中でなく、解説も含めるならば、他にも1つあることを知っていますが。

 関係ない話ですが、スマナサーラ長老がこのようなことを仰られたことを聞いています。

 「意思もコントロールできますよ。やらなけどね。」

 しかし、原則には例外がつきものですから、極めて例外的場合には意思をコントロールすることがあるのではないかと思います。
 
 たとえば、悟った方を讃嘆した人がいたときに、悟った方が姿を現わされるために、そういう偉大なる力を行使されるということもあるかもしれません。
 こういうときは、何かヒントとかがあれば悟った方が偉大なる力を行使されたことに気づくことがあるかもしれません。

 「完全なる悟りを開いた人は自分が讃嘆されるとき、自身を現す」ということについては、http://www.j-theravada.net/kogi/kogi144.htmlのスマナサーラ長老の説法をお読み頂ければと思います。
ヴィーナス
2011/01/03 16:29
 文脈上分かって頂けると思いますが、「意思をコントロール」するというのは他人の意思をコントロールするという意味です。
 一時的にだと思いますが、「(他人の)煩悩を抑えることもできますよ」というようなことをスマナサーラ長老が仰られた記憶もあります。大念処経のカセットテープの中だったでしょうか…。
 こちらは、「やらないけどね。」とは仰っておられなかったと思います。
ヴィーナス
2011/01/03 16:40
あんさんのページでも随分勉強させていただいた「因果応報」を実感しました。
ヴィパッサナーという仕掛け(原因)がなければ心の成長という結果はないのでしょう。
一瞬にして覚ったという例も聞いたことはありますが、淡々と実践の積み重ねが大切だと思いました。

ありがとうございます。

生きとし生けるものが幸せでありますように
358
2011/01/03 19:20
 もう一つアーサワが出てくるスマナサーラ長老が説法されているダンマパダの偈文を見つけました。
 ダンマパダ94です。http://www.j-theravada.net/howa/howa33.html(スマナサーラ長老の説法)

 途中 anasavassa というパーリ単語があり、ここにアーサワが隠れています。「あん」がついています。

 ちなみに、今現在、http://www.j-theravada.net/howa/index.html を観て頂きますと、更新情報のところ
「2011年01月01日更新---
 ・(169)実践法の向きと不向き NEW !!
 ---2010年12月01日更新---
 ・(168)実践法の向きと不向き 」

 となっています。

 「2011年01月01日更新---
 ・(169)実践法の向きと不向き NEW !!」の部分は誤記だと思います。

 「---2010年12月01日更新---
 ・(168)実践法の向きと不向き」
 の方は正しいタイトルで、こちらのダンマパダの偈文にはアーサワは出てこないと思いますが、解説の中にアーサワが出てきます。
 スマナサーラ長老の説法です。
ヴィーナス
2011/01/03 20:07
私は、成長したんだ、この御本を読ませて頂いて成長したんだ。っと伝えたい。

けど、前の私を知らない方には、一普通の人間

親しい人などは、私の成長に、喜びを感じたり、安心感を感じたり、といったことも、あるかもしれない。

子供が、字をかけるようになり、母親に、見せる、そうすれば、きちっとした母親ならば、「上手に書けるようになったね」とほめてあげるし、上手になったと認識もできる

しかし、あちらこちらで、その子供が、「上手でしょ」といったところで、全ての方が、「上手だね」とほめてくれるわけではない

お互いの成長を、認め合いたいものです。

現にご紹介さんは、随分と伝え方が上手になられたと、感心しておりました。

生きとし生けるものは、幸せでありますように
才木広之
2011/01/03 22:57
 私は、昔、「恩返し」「おんがえし」の背後にいる人と「才木広之」の背後にいる人は同一人物だと思っていました。
 色々、勘違いするものです。
ヴィーナス
2011/01/03 23:07
たぶん私も、そのおんがえしというお方も、すごく自分を見ていてほしい、気づいていてほしい、という思いが強いと思います。だから、お互いぶつかるのですし、他からみれば、似ているのでしょうと思います。あっちが目立てば、こっちは嫉妬し、目立とうとする

こっちが目立てば、あっちが嫉妬し、目立とうとする。

お互い友達になるしか、手はないと感じてるのですがいかがなものでしょうか?。

ヴィーナスさん相談に乗ってくださるなら私のブログにコメントをいただきたく願います。待ってます。

生きとし生けるものは、幸せでありますように。
才木広之
2011/01/03 23:23
★ありのままの自分を明確に観る 幸せに生きる〜ブッダの智慧から学ぶ〜/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる