幸せに生きる〜ブッダの智慧から学ぶ〜

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zoom RSS ◆すべては偏見

<<   作成日時 : 2011/08/05 07:15   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 9 / トラックバック 0 / コメント 2

ゴキブリは、とても清潔好きで、
いつでも身体をきれいに整えています。


清潔、不潔とう概念は、どこから生まれたのでしょうか。

それは、人間が勝手に決めたことです。


自分を心地よくするものは清潔と解釈し、
害になるものは不潔と判断したにすぎないのです。

たとえば、豚肉や鶏肉の料理は清潔でしょうか。

どんなにしゃれたレストランで食べていても、それらは
本質的に死骸(しがい)です。

ところが、そのとき、
テーブルの隅にゴキブリの死骸でもあってごらんなさい。
大変な騒ぎになるでしょう。

この場合、肉もゴキブリも死骸という点では同じなのに、
人間の身勝手で見方が大きく違うのです。

ゴキブリを観察すると、とても清潔好きだとわかります。

画像


たっぷり時間をかけ、二本の触角を順番に、前足できれいに
しています。

触角に少しでも埃(ほこり)がたまると、まわりから情報が
得られなくなるため、自身をひたすら身ぎれいに保つのです。


結局のところ、清潔・不潔とは、真理ではなく観念的なもので、
人間の自己愛にすぎません。
世界全体から見れば普遍性のないことです。


「こころを清らかにすることば」
アルボムッレ・スマナサーラ長老著書




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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
自分を捨てたくは無い、自分を汚したくない、また、汚れた自分も認めてほしい。きれいなこころの自分、汚れたこころの自分全て認めることは適わない。全く相反している両方の自分を認めてほしい。清らかな心は自分のおかげ、人のおかげ?。汚いこころは自分のおかげ、人のおかげ?

どちらにしろ、好き勝手にどれかの自分を認めろと、いってるような。笑顔

大まかに見れば、人間は人間を存続させたいのですが、



才木広之
2011/08/05 16:21
http://homepage3.nifty.com/sukha/Ajhancha_livingdhamma_shinri_totomoni.html



上記より一部引用



…ここが重要なポイントです。もし死ぬまで楽しみを追い求めてあちこち走り回ったり、嫌なことを避けるためにいつでも逃げ回っていたら、真理を見ることはないでしょう。これは無意味なことです。
 楽しみや苦しみが生じたとき、それらに囚われないよう、真理を用いることができるでしょうか? ここが実践のポイントなのです。





…すべての人が一生ずっとあなたにたいして喜ばしいことだけを言ってくれることを期待しているのでしょうか? それは現実として可能でしょうか? 
 いいえ、不可能です。…

慈悲と智慧
URL
2011/08/05 21:48
◆すべては偏見 幸せに生きる〜ブッダの智慧から学ぶ〜/BIGLOBEウェブリブログ
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