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zoom RSS ◆無常の観察が穏やかに生きる秘訣(後半)

<<   作成日時 : 2011/10/23 10:56   >>

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無常を観察して生きると、心が穏やかになるだけではなく、
頭も本当によくなります。

ものごとを冷静に判断できる理性的な人間になります。
失敗もしません。病気になっても、たちまち治ります。
不幸なできごとが起きても、暗くはなりません。

「平均寿命が延びた。人生は八十年、九十年だぞ」と
言うときには、けっこう長い人生だと自慢げに言っている
みたいです。

お釈迦さまの時代よりもずーっと延びたと思っているかも
しれません。

しかし、お釈迦さまが「命はなんの前兆もなく消えてしまう。
生きているあいだでも、惨(みじ)めに生きているのだ」と
説かれたのは、人の寿命が百歳かそれ以上だとする立場から
なのです。

短い寿命のことをさしておっしゃったのではないのです。

だから、じわじわと平均寿命が長くなっていったとしても、
お釈迦さまの語られた事実からは、けっして逃れられる
わけではないのです。
画像

第一、百年も待たなくても、あらゆる不幸なできごとは、
いっぱい起こります。

親戚(しんせき)が亡くなったり、家族がバラバラになったり、
自分が独りぼっちになったりということが、いくらでもあります。

長いあいだ、みんなでいっしょに生活しても、自分が苦労して
愛情いっぱいで育てた若い世代は、どんどん独立して
出て行ってしまいます。

そのときは、とても寂(さみ)しくなります。

また、親戚や伴侶(はんりょ)があの世に逝(い)ってしまって、
自分だけ独りぼっちで残ってしまう。

そうなると、生活はものすごく辛(つら)いのです。

お腹が空いてもご飯をつくる気にならないし、あっちこっち
家が汚れていくんですけど
「まあ、私だけだから、もういいや」ということで、
掃除洗濯する気にもならなくなってしまう。

それで、人生がどんどん暗くなるのです。

でも、無常を観察して生きている人は、そうはなりません。

なにがあろうと、すぐに、たちまち立ち直る。

だれかが亡くなっても、「まあ、無常だから、そんなの
あたりまえだ。私もべつに、ずーっといるわけは
ないのだ」と知って、穏やかでいるのです。


だれでも、毎日歳(とし)を取っていって死を迎える。

長生きでいるという保証は、まったくありません。

いまから、どんな瞬間にでも、死んでしまう可能性だけは
確実なのです。

一日を生き延びたとしても、死を避けたことにはなりません。
死のみが、唯一確実なのです。

だから、「今日一日、まあ、明るく楽しく、穏やかでいるしか
ないのだ」と、明晰(めいせき)に理解して生きる。


そのように一日だけ生きている人にとっては、一日中
怒りっぱなしでいることになると、すごくもったいない
ことをやっているような気がします。

「たった一日の命なのに、なんで怒りっぱなしで過ごさなくては
いけないのでしょうか?」
一日中けんかすることになってしまうと、あまりにももったいない
大損の人生ですね。

ですから、その一日だけの人生を、怒らないで、けんかしないで、
楽しくするのです。
一日だけ楽しくいる人は、一日一日を楽しく過ごすのですから、
一生楽しい。


亡くなるころには、こころが立派に成長していて、徳もいっぱい
積んでいます。

ですから、亡くなるそのときも、亡くなったあとも、
とても幸せになります。

おわり

「幸せを呼ぶ呪文P.17〜23」
アルボムッレ・スマナサーラ長老著書

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