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zoom RSS ★善い行いと理性をセットにする

<<   作成日時 : 2012/07/04 06:45   >>

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瞑想をしてもしなくても、人は善行為を行うべきなのです。
それに異論はたてられません。
無智を破りたいと思っているならば日常の善行為に
プラスアルファになるなにかを加えなくてはいけません。

それが「理性」です。


善行為は闇雲に行うこともできます。

他人にいわれるからと、嫌々ながらでも行うことができます。

やりたくはない気分があっても、やることができます。



しかしこのような態度では、無智は微動だにしません。


善いことだと理解した上で、納得した上で、善行為をする。




すると善行為をしながら「悪行為をしなさい」と、
自分を誘惑している心の悪感情にも気づくのです。


心の悪感情を戒めることを目的にして善行為をするのです。


善行為で自分は他人を助けているのではなく、
自分自身の心を育てているのだと理解して善行為をします。


このようにするならば善行為には理性がついてくるのです。
理性がついてくると善行為は無智を叩いてくれるのです。

理性とは如理作意のことだとお話ししました。
如理作意は無智の天敵で、物事を客観的に見る力です。


ですから善行為をするときはマンネリでやってはいけません。
ただ「いわれるから」というのではダメなのです。

なぜその行為が善なのか、それはどういう道理のことなのか、
はっきりと明確に理解して「慈悲喜捨」の行いを実践してほしいのです。



★闇雲な戒より如理作意

理性が大事であることをさらに説明します。


たとえば、仏教では人がやってはいけない行いとして五戒があります。
五戒を守ることは善い行いとされます。


「殺生してはいけない」
「嘘をついてはいけない」
「与えられたもの以外を取ってはいけない」
「邪な行為をしてはいけない」
「無智の原因となる酒や麻薬を服用しない」


というのが五戒です。

ではその五つの悪いことといわれているのだから
やるのはやめようと、闇雲に決めてやめたとします。


しかしそれでは、智慧を育てて、無智を破滅するのには
たいした効果がありません。

「いわれるからやらないようにしよう」
「悪行為だからやめます」というだけではダメなのです。



そこに理解(如理作意)がなくてはいけないのです。


たとえば、なぜ嘘はよくないのか、そして、嘘をつかない生き方をすると、
どんな結果になるのか。

不幸になるのか、幸福になるのか。

嘘をつかないようにするとき、どのような不都合が起こるのか、

それがどのようにして乗り越えられるべきか、
などなどにも気をつけなくてはいけないのです。

「嘘をつかない」という実験をしながらどのように
心が変わって成長するのかと、発見する必要があります。


嘘だけではありません。
五戒の残りの四つの項目に対しても、このように
観察能力を入れて実行するのです。


どんな善いことであっても、それをするときは観察し、
理解しながらやっていただきたいのです。


つまり、いくら善行為をしても、そのことで理性が生まれなければ
意味がないのです。


心の底から「ああ、本当に嘘をつくのは、自分が不幸になる悪行為なのだ」
「嘘をつかないというのは、自分が幸福になる善行為だ」
としっかり理解できればありがたいのです。

理性が生まれてくると戒を守ることも、善を行うことも、
無理な行為ではなく自然な行為に変わってしまうのです。

理解を伴わない、如理作意のない形式的な善行為だけでは無智を叩けません。





<P164〜P167>
【バカの理由】A・スマナサーラ大長老

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