★疑う心は脳細胞をここまで若返らせる

日本ではよく和の精神などと言いますが、
あれはたいがいごまかしです。
みんなと同じことをしていることを
そういう言葉でごまかしているのです。
本当の和の社会というのは、
たいへん高度なすばらしい社会なのです。


和を守るためには、よほど人間ができていなければ無理です。

人真似をするなどという簡単で単純なことではありません。

そういう行動はただの情けない行為であって、

自信がないというか逃げているだけです。


和の文化というのは最高にすばらしい考え方なのだから、
そういう自信のない状態をごまかすようなことに
自分を貶(おとし)めてしまってはいけません。

その他大勢と一緒に行動するのではなく、
自分の行動に責任を持つことのできる
しっかりした生き方をしてください。



私は、知識の世界の説明のために論理の欠点を話しました。
ああいうことは別に肝を立てて悪口を言っているわけではなくて、
ほんとうかなあと自分で見てみたらすぐに
違う側面が見えてくるだけのことなのです。

資本主義こそ素晴らしいと言う人がいれば、ほんとうかなあと見てみる。
すると、資本主義の国ではすごい貧富の差があることが見える。

日本で生きるためには、ものすごくお金がかかります。
一ヶ月間生活しようとするだけで、膨大なお金が必要になります。

ふつうの人間がのんびりと生きていける状況ではありません。
鬼と言われるためには、鬼の親分のように
自然を破壊しなければならないのです。
私たちはそうやってやっと生きているのです。



だから、一概に資本主義がいいとは言えない。
かと言って一方的に悪いとも言えない。

そういうことが思い浮かぶのは、

ちょっとだけほんとうかなと
思ったときなのです。
それは攻撃的な思考ではありません。


これが美味しいから食べなさいと言われたら、ちょっとどうかなあという
感じで食べてみるのです。人はよく固定概念で食事をします。
高級なフランス料理だと思えば、なんでも食べてしまう。
臭いものでも、気持ちの悪いものでも平気です。

一方でアフリカ料理だと聞いただけで、食べる前から日本人の口に
合わないなどと勝手に考えるのです。
フランス料理だと聞いたら、カビが生えたようなものでも食べてしまう。



まあそういうことは個人の自由だからどうでもいいようなものですが、


智恵を育てるためにはどんなことでも
固定概念にしばられずに、自分自身で判断をしなければなりません。



紀元前6~5世紀あたりに興ったインドの伝統的な宗教に
ジャイナ教というものがあります。

これは非常に厳しい修行を重んじるストイックな宗派ですが、
そのジャイナ教では知恵というのは自然にあるものだと言っています。

自然の知恵に知識という苔がいっぱい生えて、
知恵が現れる邪魔をしているのだと言うのです。

知識や概念から心が自由になってリラックスすればするほど、
本来の知恵が表に出てくるのだと言います。



その考え方にも正しい面があります。
つまり、知恵というのは育てるものではなくて、
現れる機会を与えれば自然に出てくるものなのです。

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そのためにはものごとを自分でちょっと、ほんとうかなと考えてみる。

自分で考える、自分で判断するという場合に、若干ですが気をつけなければ
ならないことがあります。


それは、ただ単になんでもかんでも反対しようという
態度に陥る危険性があるのです。


なんでもかんでも反対しようという態度はなんの意味もない行為です。


時々世の中のことを片っ端から批判してやろうではないか
という人がいるでしょう。

それは知恵を働かせているのではなくて、知識を使っているだけです。



極端に批判的な人は、どこか心が病気なのです。


逆になんでもかんでも人に合わせおうとして、そうだと信じてしまう人も
やはり心が病気です。

どこか自信がないのです。




そういうただ反対したり賛成したり、一方的な態度ではなくて、
ほんのわずかに、遊びのように、


ほんとうかなとちょっと考えてみる。


突き詰めて考えずに、そこらへんでほどほどに置いておく。
テレビで言っているのだからもしかするとほんとうかもしれないし、
嘘かもしれない、というふうに置いておくのです。




「頭が突然鋭くなる瞑想法」A・スマナサーラ長老著書より

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