★やるべきこと(その5)

最後に仏教の立場から考えてみましょう。
①やりたいこと
②やりたくない事という二つがあります。
それに
③やるべきこと、を入れなくてはならないのです。


「やるべきこと」という概念は、
人間の生き方に仏教が新たに導入するものです


やりたいことも、やりたくないことも止めれば、
煩悩の激励で生きることにストップがかけられるのです。


それで人が、やりたい、やりたくない、という感情と意欲を判断して
「やるべきこと」をするならば、その人は幸福な人生を歩むことになるのです。

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人間はこの教えには納得しないのです。
やりたいことをできれば幸福だと思っているのです。

みんなやりたい勉強、やりたい仕事、住みたい環境、付き合いたい人々などを
探して、必死なのです。

それで、ものの見事に不幸になるのです。

子供に聞いてみましょう、

「貴方がやりたいのは、勉強ですか、遊びですか?」と。

子供はおそらく、勉強ではなく遊ぶことが好きだと言うでしょう。

大人の場合も、同じことです。


人々がやりたくないと思っているものは、
自分のためになる、他人のためになるものばかりです。


人のやりたい気持ちは、貪・瞋・痴が起す意欲なのです。
「人はやりたいことはやらない方がいい」と極論的に言っても、
それほど間違わないと思います。

結局は、嫌々やることで、人生は何とかうまくいっているのです。

嫌々でも勉強すればよいのです。

嫌々でも、早起きして仕事に行って、
何を言われても頑張った方がよいのです。

嫌々でも、掃除・洗濯・料理などは、しっかりした方ようがよいのです。

嫌々でも、食事制限した方がよいのです。

やるべきことは何でしょうか。

それは自分の、他人の、ためになる行為です。
好き嫌いには関係ないのです。



病気になったら、
やるべきことは病院に行くことでしょう。
好き嫌いには関係ないのです。


学校に行ったら、学ぶことでしょう。
今自分が何をやるべきか、ということは
いつでも眼の前にあるのです。

食べて終わったならば、片付けをします。
というような明確なことです。
選択に困ることもないのです。


いまやるべきことは、ひとつしかないのです。
頭が煩悩で混乱するときは、今に関係ない意欲がたくさん出てくるのです。

それで、あれもこれもやりたいという、いくつかが出てくるのです。


一つの時間でやりたいことがいくつかある場合は、要注意です。
これはあり得ないのです。

やるべきことは、一個しかないのです。(つづく)



2009年9月パティパダ「巻頭法話」
A・スマナサーラ長老

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